33番書き取り帳が出ていません

会いたい気持ちが世界の中心

わたしについて

1992年5月生まれ。

静岡県浜松市出身。特に隠してるつもりじゃないんですが便宜上、ブログやTwitterでは僻地と呼んでいます。

現在は都内在住。

 

【ブログタイトルについて】

嫌われまくっていたクラス担任から言われた言葉が由来です。名前すら呼ばれなくなった。

「囚人番号やん」と笑い飛ばしてくれた隣の席の男子には感謝してますが、囚人扱いされたことは根に持っている。

 

【趣味とか】

人のブログを読むこと。芸能人アイドルブロガー問わず無差別に気になるエントリを暇なとき読んでます。

ジャニヲタさんとか俳優厨あたりは無駄に面白いですよね。ギャグセン高い。

オタク以外の趣味ないな…映画とか音楽とか?サブカル脳。つまんない人間。

影響受けた映画とか漫画はそのうちエントリ書こうかな。

英語はなんか教育方針で勉強させられてて困らない程度には喋れるかも。んーでも最近びみょいか。ドイツ語が好きなのでイケメンのドイツ人と結婚して余生を送りたい。

専門のときに色彩検2級とパーソナルカラー3級はとった。時期をみてもっと上の級とカラーコーディネーターとりたい。色彩学好きです。

ゲームもやんない。スマホゲで桃鉄と麻雀するくらい。

すぐ推しの影響受けるからボクシングジム通おうかなとか考えてる。水泳は好きなので運動不足解消に気が向いたらプール行ってます。

 

【おたく遍歴】

美内すずえの漫画と宮藤官九郎のドラマ・映画を履修しないと立派な大人になれないという情操教育概念が終わっている母のもと育つ。

あと父の趣味でよくわかんない映画もろもろ。共働きだったんで話を合わせたくて必死だった。かわいいね。

 

中学入学ぐらいで大阪レイニーブルースと出会い関ジャニ∞にハマる。大倉くんのために部活とジャニヲタを頑張る。

高校入学。バイト代を湯水のように遠征費につぎ込む。パズル魂あたりまで通ってた。

ここらへんからライブハウスにも足を伸ばし始めモッシュ勢と仲良くなる。ライブとバイトしかしない日々。

JKに対する興味が死んだので学校は寝るために行ったり行かなかったり。

進級が危ぶみこのまま人生が詰むのだろうかという末期にたまたま目にしたモーニング娘。気まぐれプリンセスで極度にかわいい道重さゆみちゃんと出会う。恋をした。

顔がとにかくかわいかったので色々動画や音楽を漁っていくうちに寺田光男(つんく)の歌詞に人生を救われる。

顔がひたすらかわいいのにテレビでむちゃくちゃ嫌われているさゆみちゃんがどうしてそんなに頑張れるのかを知りラジオで号泣するほどの信念の強さ、人間力に完全に堕ちる。以下参照。

www.youtube.com

 

同時期に人生を変える映画「ボーイズ・オン・ザ・ラン」と出会う。銀杏BOYZはもともと好きだったので峯田和伸の鼻水で大号泣。以降この2人が心の拠り所となる。

 

ハロプロと銀杏のおかげで高校と専門を卒業後、ドイツで2ヶ月ほど生活をしているときにLILIUM少女純潔歌劇とかいう界隈をざわつかせるやべえ舞台について小耳に挟む。工藤が男役の舞台がやべえらしい。

帰国後円盤でやべえ舞台を観る。放心する。もっかい観る。放心。以下無限ループ。繭期のはじまり。

秒でTRUMPとかいう関連作をポチり俳優・山田裕貴と出会う。アレンとクラウスに心臓を捧げる。ちなみにこの当時D2を全く知らない。

ストロボエッジを観てこの人の演技やばない?(疑惑)からの舞台ガランチードを観劇してやばい(確信)沼落ち。

イムリーにSPECTERとかいう関連作の情報が流れてくる。ふ〜〜ん大阪ねぇ…ワタナベ関西…劇団Patch…誰も知らん…

あ、でもチケットは余ってる。休みだし行くかあ…のテンションで遠征。

ぼっちで会場に着きこの人顔くっそかっこいいな〜と誰か知らん人にグッズを売ってもらい(マジで覚えてない)大阪来てええもん観たわ…のテンションを抱え誰とも話さず帰京。

感想ツイを勁剛くんにファボられ沸いたのがきっかけでPatch箱推しのはじまり。

 

度重なるハロプロ現場嫌い案件によりCrazy完全な在宅に転向。山田裕貴のおたくにシフト。

山田裕貴という俳優の演技や作品だけではなく生き方にまで惚れ込む毎日。ニャンちゅう顔で笑うシワの一本まで愛おしい。

劇団Patchは本公演の円盤を買うくらいでゆるっと二推し。特定の推しがおらず、興味が死滅しかけた頃に磯ミュ初演を観劇。バカみたいに楽しくてやっぱり好き。

ただ事務所の迷走っぷりには疑義。宣伝提灯がなんぼのもんじゃい。パンフ以外ノーセンキューよの闇期。磯ミュ再演観に行けないけどいいやってなった直後に勁剛くん卒業。落胆。

 

さゆみちゃんが活休から再生する予定だし上京したてだし山田さんが絶好調なのでとりあえず山田のおたくと観劇おばさんで忙しいときに羽生蓮太郎決まる。悩んで1公演だけ買う。

表面上では久々のぱちすて楽しみ〜!といいつつ心中は「末満さん最後だしもうこれがダメだったら箱推しやめよう。さようなら劇団Patch…」のテンションで観劇。

神は私とPatchのご縁を見捨てなかった。歩野親春こと、田中亨と出会う。名前も顔もあやふやだった18歳の4期生に堕ちる。

めでたく劇団Patch推しから田中亨推しになりましたとさ。そして今に至る。

基本DDですが推しは増えるけど堕ちたら固定です。

 

【なにかあれば】

Twitter→@krauss_holic

DM解放してるんでどうぞ。

ざっくり観劇予定まとめ記事。

landoll225.hatenablog.com

 

ENGの「山茶花」オープニングダンスを想う

ENG第8回公演「山茶花」を観てきました!興奮冷めやらず勢いに任せて書いてるので終始何言ってんだこいつだとハードルを極地まで下げて読んでください!お願いします!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナチュラルに本編ネタバレしてます!

 

 

 

 


唐突ですが私はキャスパレ(オープニングダンス)のおたくなので、観に行った舞台にオープニングダンスがあるだけで無条件にバイブス上がります。

ENG/DMFさんの公演は特に、役者もなさっている中野裕理さんのコレオグラフィーがとにかく作品の世界観ごとに多彩!

例えばメトロノウムだったら不思議の国のアリスがモチーフでロボットダンス、ロスト花婿だったら結婚式がテーマなので某夢の国ショーパレードっぽい構成だったりセカスリ、クレキンだったら和や洋の中にもヒップホップ、ヴォーギングと現代的なダンスジャンルを取り入れてたりとか……

べつにダンス習ってたわけでもないただのアイドルダンス好きの私ですら引き出しがすごい!ニトリか?!状態。そこに福地さんによるストーリーラインの伏線や鍵となる演出の構成が入ってくるのでもう…….あと2時間は観れる(それはもはや本編)ってくらい好き。目があと10個は欲しい。絶対に欲しい。

 

で、今回の山茶花めちゃくちゃ…度肝を抜かれました。

音楽自体がラテン調?だったのでそもそも毛色が違ってたのもあるんですけどなんていうか、中野さんの振り付けって激しいけれどどこかクラシカルなイメージが強かったんですね。静と動の均衡がとれているオシャレさというか。自分でも何言ってんのかよくわかんないですけど。

でも山茶花のダンスはひたすら 強い。ビックツリーシアター自体がそこまで広くはない劇場ってのもあってフォーメーションが入り乱れるわけでも目が足りない!というほどの複雑さがあるわけでもなくキャスト全員がユニゾンで魅せるから強い。ひたすらに動。迫り来る動。圧倒される。揃った振りそのものは民族舞踊に近いのかなって感じがしました。

重心を落とした足踏みが印象的なあの動きめちゃくちゃ既視感、ある~~!!!って思ってて検索したら見つけちゃいました

 

youtu.be

 

あーーこれーーー!!そう、これーー!!

ラグビーの試合をテレビでたまたま見かけたときになんで踊るん….…(笑)ってドチャクソ鼻で笑ってたやつ、あれです。あれでした。

気になってこの踊りのルーツや意味を調べました。

grong.jp

ハカHaka)は、ニュージーランドマオリ族民族舞踊。 主に男性が踊る。

本来はマオリ族の戦士が戦いの前に、手を叩き足を踏み鳴らし自らの力を誇示し、相手を威嚇する舞踊である。

現在では国賓や海外からの渡航者を歓迎する舞として披露されるほか、ラグビーニュージーランド代表オールブラックス)が国際試合前に舞う民族舞踊として有名である。英語で「ウォークライWar Cry(闘いの雄叫び、日本語で「ときの声」)と呼ばれる。

ニュージーランドでは一般的な民族舞踊であり、現在では相手に対し敬意や感謝の意を表する舞として披露されることから、結婚式、葬儀、卒業式、開会式、歓迎式典など、あらゆる場面で目にする機会が多い。死者の御霊を供養し哀悼の意を表す形として葬儀でハカを舞うこともある。


エメェ…….….……

 


いや中野さんがどこまで考えて作られたのかわかんないんでわたしが勝手にエモを感じてるだけやんってことなんですけど兎にも角にもWar cry。ウォークライ。戦闘の雄叫び

山茶花のラストシーンを観た方ならわかると思います。無事にエモ死を遂げました。

骨はビックツリーシアターにと言いたいところではありますが来月サンシャイン劇場で推しの舞台控えてるのでとりあえず池袋駅東口あたりにまいてください。(適当)

 

 

クレキンの時に書いていたのが今回の山茶花も概ね同じことが言えて宮城さん脚本の「絶対に悪い人がいない」ところがすごく好きなんです、わたしは。みんなに戦う理由があってそれぞれが正義を貫く中で傷ついている。

大前提として誓いの違いをはっきり描いてて、掟は集団で生きるために守らなくてはならない絶対だけど誓いは自由。愛や信頼は、どんな形であれ個人レベルですべて正解じゃないですか。ヤマコであっても人間であっても。

ヤマコの世界には結婚の概念がないから許されない。だからサンサカやヒゴは好きな人を殺すことなく永遠に結ばれたくて悩むしシシは侘助と子供を産めない事実に愕然とする。理性と本能の板挟みになる。それは人間もそうで源兵衛や茶奴や孔雀も葛藤を抱えながら行動しているし。

アカシと侘助は敵なのか味方なのか、話が進む中で揺れる複雑な感情を伝えなきゃいけない難しい役だな〜石部さんとよっちさんさすがだな〜って思いながら観ていました。

だからといって人の愛が世界を変えるわけでも秩序を捻じふせてハッピーエンドになるわけでもなく掟破りを犯し指輪を飲みこんだサンサカ、ヒゴ、シシは決まりに逆らえずきっと死ぬ。最期はヤマコも人間も関係なく愛を叫ぶ。

散り際が一番きれいな花と同じで痛みは痛みとしてきちんと余韻を残すからこそ美しい。福地さんの演出で一番好きな表現かもしれないです。

山茶花が「夏」のお話なのも素敵だなあって思いました。1年の中で一番短くて、そのぶん生命力にあふれて強烈に印象に残る季節。サンサカたちが人間世界と交わったことの証明が空から降ってきた天下(雪)ならば、それが彼らの子供なんだろうなって思います。

観終わった後にフライヤーの煽りが君と一緒「で」いられる場所へ なのが猛烈に泣けます。生まれた世界も価値観も違うから似ていても椿にはなれないとわかっている山茶花(サンサカ)が、望むものは君と一緒「に」いられる場所、ではないんですね。う〜。たった一字違うだけで感じ方が変わる。

 

本編まで話が広がっちゃいましたがとにかく自分にとっての好きを守るために戦うことになるキャスト全員のダンス、覚悟に観客が気圧されないわけがないんだなあ…って中野さんの振り付けで無限に想像が膨らみました。本当にかっこよかったです。一人でも多くの人に知ってほしいです。

 

 

ちなみに以下はまったくもって蛇足なんですけど繭期と厨二病を拗らせてるんで、クレキンとメトロムを観たときにちょいちょいハハーン??さては宮城さんも仲間だな?って勝手に思っちゃうシーンがあって今回も序盤からヤマコの仲間噛むからえっヴァンプじゃん….……永楽園燃やし始めるから完全にライネスしちゃってんじゃん…….…繭期じゃん……….ってなってたっていう雑感をここに放り投げておきますね。

おいたんこと末満健一さんのオタク超必見ですので手始めにメトロムあたりから見ましょう。

 

山茶花は池袋ビックツリーシアターで10日まで!みんな見るんじゃ〜!!!

ENG公式|役者佐藤修幸の演劇プロデュースユニット

オタクをしている意義

 

凛として時雨ピエール中野さん、大森靖子さんのインタビュー記事を読みました。

 

realsound.jp

一音楽ファンとしても大森靖子さんの音楽性を愛してやまないですし道重さゆみちゃんのヲタクとしても応援スタンスや道重さゆみという女性像を分析する観点を非常にリスペクトしているアーティストさんです。

 

realsound.jp

単純に好きという気持ちしかない中で、その“好き”を振り回せる実力がしっかりついているのは、実際に私が現場に行きすぎているからであって(笑)

周りから自分はちょっと変な人とか思われているかもしれないけど、私の好きって気持ちだけは信用していいですよ、ってすごく思うんですよ。

 

今や大森さんに対して公私混同などという浅はかな言葉を投げつけるさゆヲタは居ないだろう、というくらい道重さゆみちゃんの単独公演「SAYUMING LANDOLL」に数々の楽曲提供をし、主催の音楽フェスにブッキング出来るアーティストとしての地位を確立しながらも自身の活動についてそう言い切れる大森靖子さんは芯の通った本当にかっこいい女性だと思った。

 

道重さんってご自身の歌に対してコンプレックスを抱えている人なんじゃないかと思っていて、今回のような誘いがなければフェスには出なかったはずなんですよ。

なので、ここをきっかけに、今後はもっと大きな舞台に立っていただく、そういうきっかけになればいいなという気持ちもあります。

 

わたしが応援しているアイドルちゃんや俳優さんはみんな「自信を持てた」という言葉をよく使う。

それも、大きな舞台や注目度の比較的高い仕事をやり終えたあとに使う。テンプレに近いのかもしれない。

歌が苦手でも歌うことが好きだから歌手をしている人もいるしお芝居が苦手でも役者をしている人もいる。経験値を積むためにお芝居の中で踊りや歌、お笑いをやらなきゃいけない人もいる。表現の世界に際限はなく与えられた仕事として誇りを持って全うするしかないのだと思う。

 

実際、自信って結局は本人の得た経験だったり実績からしか産まれないじゃないですか。自分に置き換えてもそう。応援が無意味だとか無力だとかじゃなくてただ単に、人間だから。どれだけお手紙やコメント、プレゼントやお花や対面で言葉をもらってもそれはイコール絶対的な自信に簡単に直結するものではないって私自身は思ってるんですよ。

それでも好きと信じてるを伝えることは大事です、もちろん。でも「こんなに私が言ってるのになんで自分を信じてくれないんですか?ファンの言葉を信じてないんですか?」って強要されてしまうのはきっと私が応援される立場だとしたらプレッシャーだ。そこまで「自信がない」事実を覆す魔法のような力があるとは私は思えない。寂しいけど、後押しにはなっても根拠にはならないだろう。

どれだけ努力を認めてもらえても結果を得ていない状態での評価は少しだけ心許なくて、自分の内側から産まれる自信に優る他者の言葉はないんじゃないかなって。んー、私が一切芸事に携わる人間じゃないので表舞台の人の気持ちはわからないんですけど(笑)まあでもはてなスターやコメントもらえたりブログ好きですって言ってもらえるとうわ〜〜ありがとうね〜生きるよ〜!!!!!ってなるからそういう声は普通に糧になるはずだよね間違いなく!

 

 

つまり、じゃあ私がオタクとして一番なにがしたいかっていうと、推しが自信を持てた!って実感できる仕事の機会をたくさん与えてあげたいっていうことです!

与えてあげるっていうとまた語弊があってお前が与えるわけじゃないよってハナシであって、そういう機会につながるための尽力を惜しみたくないなあみたいな?お分かりいただけてる?!!(逆ギレ)

もちろんお仕事をもらえるかどうかなんて時流もあるし、推し自身の頑張りと事務所の力とのパワーバランスでいったらオタクの支援なんて9:1とかだろ驕りが過ぎるぞ…オタク(BLEACH)ってとこはありますけど!

でも動員とか売上とか公演アンケート書くとか感想ブログ書いて広めるとか微々たることでも張り切って推しの運命と経済回しちゃうぞ〜!みたいな気持ちになれる。わたしは。未来はぼくらの手の中ー!

もちろんその中にお手紙を書くとか目に見える形のSNSで声を届けるっていうのも大いに大切かと!フォロワー数とかふぁぼりつ数とかね、意外と組織の中の人や広告主は集客力の指標としてるらしいよ!お昼のラジオでなんらかのIT業界の人が言ってたのを偏差値低いから鵜呑みにしている!

pink8er-hana.hatenablog.com

お金を投資する以外で何かできることないのかなって考えていたときにたまたまこちらのブログを読んでなるほどな〜って思いました。

 

だから今回このインタビュー記事を読んで、音楽ファンが注目するブッキングライブに呼ぶことで、職業:かわいいの人として復帰した「歌手」の道重さゆみちゃんを「アーティスト」として新たなフィールドに上げてあげるっていう、オタク界の最高峰エベレストマウンテン級に尊い布教活動をなさる大森さんやばいかっこいい!!win-winの極み!!みんなこの人を目指して頑張んだぞ!って気持ちにめちゃくちゃなりました!!!!!!ちょっとだけ泣いた!!!

道重さゆみちゃんが自分の歌をモーニング娘。でいた12年間もずっと自信がないと言い続けてきたことは周知の事実なんです。でも、再生後はもう一度歌いたいと、さゆみちゃんの歌が大好きで待っていた人のためのステージに戻ってきてくれたんです。

大森さんにとっての音楽はきっと一番誇れる武器で、そのとっておきの武器で推しを世界に広めることが出来るって単純に憧れるよね。ハロプロは漫画家さんやクリエイターさんにもハロヲタの方が多いからそういう異業種の人たちがどんどん価値を広めているところも強みだと思う。

でもそこで念頭に置きたいのがやっぱり私の好きって気持ちだけは信用してっていう概念だと。どういう形であれ推しに心酔してるオタクって盲目になりがちだから、価値観の押し売りにならないようにっていう匙加減が難しいなってうーんと考えさせられる。だから今このラインナップをやる意味はこうで、出演順にはこういう意図がありっていう顧客目線の「好き」があってこそ生み出せるビジョンを興行側に納得させる大森さんとピエール中野さんはすごいんですよ。信用に値する「好き」なんですよ。

こんな能書きを垂れてますがあくまで大森さんたちはプロの人たちですし、むずかしいこと考えて出来ることをやらなくちゃ!って義務感になっちゃったらオタク楽しくなくなっちゃう。

フォロワーさんが「常に楽しそうにしてるオタクのハマってるコンテンツは楽しそうに見えるから、常に楽しそうなオタクでいることも広報活動の一環よね」って仰っていたのほんまそれ!!

推し今日も舞い降りてるよ〜!!優勝してる〜〜!!極度に可愛い〜!!!大好き100万点な人生ハイパー楽しい〜!!っていう姿を全宇宙に発信するのは呼吸と同じくらい得意なのでこれからもウルトラポジティブに頑張りますね!!

なぜ唐突にこんな記事を書いたかというと、ずーっと最推しがいなくて心が離れかけていた劇団さんの公演を久々に観に行ってこの子だ!!って決めてから今応援している俳優さんの舞台が、ちょうど去年の4月22日だったのでタイミング的にも自分を鼓舞するために書きました。

わたしがオタクをしている意義は、推しに自信を持ち続けていてもらうこと。いつでもその気持ちを持っていたいなという自戒も込めて。

あー、クソ在宅なのにビバラポップ超行きたくなっちゃった〜〜。。まだチケット取れるかなあ。ていうか2日前まで大阪にいるなあ!?GWだから大丈夫ッショ!(?)

 

いつまでも大きい瞳で大丈夫な日のわたしだけを見つめてよ

大森靖子『ミッドナイト清純異性交遊』Music Video - YouTube

【舞台】大阪ドンキホーテ 〜スーパースターPatch ver.〜

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大阪府大淀市の団地に住む少年・輝一[ピカイチ](田中亨)は、漫画家になる夢を抱いていた。

輝一の実家が営むうどん屋は経営難で、金貸し「一富士」の金光(星璃)や尾藤(竹下健人)が借金の取り立てにやってくる。
たび重なる取り立てに悩み倒れる母親。
母親の面倒も見ずにボクシングの特訓をする父と弟の瞬一(近藤頌利)を責め続ける輝一。

月日が経ち、瞬一はプロボクサーとして大活躍していた。
大人になった輝一(三好大貴)は母との想い出が詰まった団地を離れられず、相変わらず売れもしない漫画を描く毎日。

そんなある日、雑誌の編集者から、投稿した覚えのない作品について連載させてほしいとの電話がかかってくる。

それは、輝一が子供時代に、彼のそばにいた、ペルー(吉本考志)、モモ(尾形大悟)、ゴマ(藤戸佑飛)、デッパガメ(鷺沼恵美子)、そしていつも助けてくれたスーパースター・ブッチャー(納谷健)の物語であった。

平成29年度演劇鑑賞会 劇団Patch特別公演『大阪ドンキホーテ 〜スーパースター Patch ver.〜』劇団Patch Official site

 

スーパースターはどこまでが虚構(ファンタジー)でどこからが現実かの受け取り方が観た人によって幅広く左右される戯曲だなって感じます。

大阪ドンキホーテと改題されるにあたって騎士道物語の読み過ぎで現実と物語の区別がつかなくなった郷士のファクターが意図的に強く打ち出されたのかどうかはわからないけれど

ツルトラマンをはじめとする架空のスーパースターたちや団地の超人ブッチャーなど、およそ現実的でないキャラクターを介した違和感はどんどん積み重なり、どこまでもフワフワしてるので演劇初心者でもわかりやすく!ってわりには深読みしまくるオタク続出しててアングラ向けな気もするし、それでも不思議とどこか子供向けの読み聞かせ絵本に近いような気すらした。

もちろん見たまんまのエンタメ性も高いけど単純に面白い・つまらないで分けられるほど希薄でもないなって私は。思った。たぶんそれを魅力として残したかったチョビさんの意向も伝わるし。

鹿殺し流メソッドの「今までの劇団Patchや役者的にはナシでもお客さん的にアリなら、アリ」みたいな演出方針をチョビさん自身が掲げてたらしいのでそれにあやかってひとまず当ブログではわたしの受け取り方が正解!エサクタ!というスタンスでね。相撲を取っていきますね。どすこい!

 

全体像としてわたしの中に見えた阪ドンは「大淀団地」という子供にとってのユートピアを「幹線道路計画」という大人の世界がディストピアしていくお話で。主人公にあたる輝一は夢を壊す大人たちからネバーランドを守ろうと悪あがきするピーターパンなんだろうなって。

団地で子供たちが歌う舞台上と、客席側からプラカードを掲げて侵食していく大人たちが対比されてるオープニングがそれらを象徴しているように感じました。

輝一の中で繰り広げられる「大人と子供」のせめぎ合いはそのまま、取り壊されていく団地とシンクロしていく。

13歳の輝一だけがバッシュを買えなかったこともモモが借りてきたマーチのAVをテレビがないからと見られなかったことも。すべてが皮肉にも大人を回避していく結果に繋がってしまったのならば、けして全部が全部輝一だけがダメな話というわけではないんだよなあと。

あの日もしもバッシュを買えて少しでも希望が生まれていればシュートを決めてマーチに告白出来たのか。マーチになにかをしてやれたのか。起こり得たあらゆる未来を諦める理由が貧しい家に生まれたからだ!ではなくて星を持たずに生まれたからだ!と断言する侘しさはどこまでも父親からの呪いに苛まれてて吐き気がするし、容赦なく他人を責めても父親を責める発想はないあたりが完全にアダルトチルドレン。つらい。

自らを遍歴の騎士だと思い込んでいるドンキホーテはドゥルシネア姫という空想上の想い人をでっち上げてしまう。ピカイチにとってのマーチもまた、最大のユートピアだったために汚れなき理想であるマーチが汚い大人の慰みものになった現実はどうしても受け入れられない絶望となってしまった。

どう頑張っても大人になりきれなかった星川輝一は自ら作ったスーパースターを現実世界で具現化してしまう。
ペルーや瞬一など周りの人たちにとってはいわばドラえもん的な存在で、未来の世界の猫型ロボットに誰もが違和感なく接するのとだいたい同じ理屈であの世界では深い意味のある事象ではないんだろうな〜っていう風に見てました。森羅万象をドラえもんに例える芸風、そろそろやめたい。

ブッチャーもそう。突然現れた団地の超人ブッチャーはお母さんとピカイチがスケッチブックに描いたキャラクターだから住居は輝一の住んでいた部屋だった。ドンキホーテであるピカイチはすでに虚構と現実があいまいになっていて自ら描いたヒーローが実体化していることすらもはやわからなくなっていた。

都合のいい解釈をすれば団地の超人ブッチャーそのものが共作とはいえ絵の上手なお母さんのタッチがほとんどだったから輝一自身も描いたことを忘れていたし浦沢さんからみたら秀作に見えていた…?ということなのかもしれないです。こじつけ〜!!

最後のウルトラマン輝一vsマイク本郷をお母さんと一緒に応援してるピカイチくんの表情があまりにも光属性。後光がさしてた。中央公会堂のライトより5億倍眩しいあの笑顔が大好きで大好きで本当にありえんくらいもう一度見たい。助けて。ゥゥゥワタナベ〜!!!(咆哮)

最高に狂ってる大乱闘を少年ピカイチとお母さんが窓から見守っているのは、ブッチャー物語を世に送り出して弟のピンチを救ってあげるとこまでお膳立てしてくれた唯一無二のスーパースターが消えてしまったことによって「お母さんと描いた物語のラストシーン」を輝一が妄想で完結させたことを示唆してるのかなあって勝手に思っています。

モモが万引き犯にお腹を刺されてデッパガメと結婚したことも引退した瞬一が香川入りを果たしたこともペルーがペルーに渡ったこともすべてが現実。でも「世界ミドル級チャンピオンベルトを巻いた俺」だけが、本当はウルトラマンになりたかった輝一の理想が投影された夢の世界だとしたら。虚構と現実がわからなくなってしまったドンキホーテがそこに集約されるんじゃないかなあっていう、、、だいたいこんな感じの憶測です。

 

 

星川輝一(三好大貴・田中亨)

「俺は一生悩み続けるドンキホーテなのだ」という輝一自身の挑まなければならなかった、目を背けてきた本当の敵は何なのか。その答えが背負った壁一面に大きな影絵として全てを物語るのがこの上なく好きな演出だと思った。

輝一が俺はダメなんだって吐き捨てるたびにどこかで俺が悪いわけじゃないから大丈夫、まだ大丈夫っていう慢心が垣間見えてて。
ペルーに「もう来んなよ!!」ってキレたあたりからだんだん負のボルテージが高まっていって畳み掛けてくる現実に磨耗していく精神状態がヒシヒシと伝わってきた。
私があの物語で一番愛おしい台詞は、才能の限界に打ちひしがれ信頼していた友人に見限られ、自分の手で壊した世界や憧れだった人の面影すらも塗り替えられてボロボロに傷ついた彼がつぶやく

「いつもそうだ。期待通りにいくことなんて何もない」

これって輝一の言葉である以上に大人に夢を蔑ろにされた子供の気持ちを代弁してる気がするんです。自分で叶えられなかった夢よりも、押しつぶされてしまった夢の方がずっとずっと痛くて悔やみきれないだろうから。

landoll225.hatenablog.com

どうかきれいなうそで塗り固められた社会が子供たちにとっての真実にならないように
夢とは理想の中でなく、おっさんの汚ねぇ裸を見るような泥臭い現実でこそ光るものであってほしい。

もし仮に輝一が夢を諦めてしまうのが「星を持っていない」という父親の言葉のせいだったならば。

大人は都合良く綺麗な夢を見せたりブチ壊したりできてしまう生き物だからせめて自分が人の親になるときは嘘だけはつかずにそれでも子供が望むかぎり応援してやれる大人になりたいと、綺麗事の理想を今でもずっと抱いてます。

ヤケクソになった輝一が灯油をみんなでブチ撒こうとするとことかもう意味がわからんほどゲロゲロに泣いた。

輝一は下手くそなりに漫画を最後まで描いたしカンフーもバスケもやり遂げた先で星を掴めなかったのだからやらずに逃げた根性なしではないんだけど、それでも星がどうとか惰性こねくり回してたお前が今までなにをどう期待してきたんだよとか言いたいことは山ほどあるのに、ただ痛々しく愛おしい三好くんに何度も共感性をえぐられた。
丸尾さんの演じた星川輝一は実年齢もあってかもう少し役を俯瞰で見れている哀愁があって冷静な燻りを感じてたんですけど
三好くんはある意味で等身大だからこそ渦中にいる人の焦りや高揚、カッコ悪さが強く役に反映されてるなっていう印象を受けました。

星川輝一くん、無意識かはわかんないけどブッチャーに憧れてからブヘヘとか口調や思想をブッチャーに同期させはじめるのマジ愛しいがすぎ。100万円あげたみ。
大人になっても「漫画の神様降りてこい!」ってするのは模倣だろうし荒唐無稽に空回りしてても俺が団地を守れるんだって信じて疑わないのはずっと心にブッチャーがいたからなのかな。ブッチャーならきっとこうするブッチャーみたいになるんだって自分が描いたスーパースターに自分を寄せようとしてるのひたすら愚かなんだな。そこが可愛いんだ。

今までもPatchの中で主人公というよりヒールが似合うポジションで今回もどちらかといえばアンチヒーローに近かったですね。ブッチャー早く帰ってきてくれよ!って役所をバチボコ破壊しながら暗がりで笑ってる狂気性におっ中央公会堂でも三好ゾーン入ってんなあ…って謎に安心感があって良かった。(笑)

 

小野先生とピカイチの 

「お父さんは?」
「おみせ」
「お母さんは相変わらずか?」
「…うん」

というやりとりがあって父親もピカイチに100円を渡しこれでメシ食えと言っていたのでお母さんはすでに倒れていて病状も悪くなっているのかと察したのにも関わらずお母さんが現れてご飯を用意していて、あぁこれは元気だった頃の回想なんだなって思って。

少年ピカイチくんの「おかん、僕、寂しい」っていう悩ましい表情でボロボロって大粒の涙がこぼれてきてびっくりした。私も共働きだったから、鍵っ子ではなくおばあちゃんがいたんですけど色んな事情があって学童保育キッズでした。
幼心に寂しいっていう気持ちはけして良いものではなくて、日が暮れて風が冷えて人がいなくなるたびに堪えてた。みんながお母さんに駆け寄る姿から目を伏せて石ころ蹴って気を紛らわせてる田中くんのピカイチを見ているとブワッと重なる景色や、匂いが五感にこびりついているからこそ丸尾さんの描くノスタルジーが自分に深く刺さる部分はあるんだろうなって思います。
ピカイチくんが見上げた、ひとりぼっちのマーチと共鳴した大淀団地の風景をラストで団地を離れる日にも同じ構図で大人輝一が見上げているのにも込み上げてくる感慨がありました。報われない地平でポツリと佇む輝一を愛しい思い出だけが後押ししてくれるあの情景。絵本のラストページみたいだなあって。美しかった。

初演版を観たときから、小野先生の歌を聴いているピカイチの側に実際にはお母さんはいなかったけど最後にお母さんと並んだときに宝物が流れてくるのが大好きです。涙腺はね、死ぬ。

ピカイチに抜擢した理由の一つで自分を良く見せようとする邪念の少なさをチョビさんが挙げていたのにも通じる、お芝居の中であんなにも背伸びせずイノセンスを出せるところは贔屓目なしで田中くんならではの良さだなあって改めて思った。悔しくてワンワン泣いて怒ってマーチに恋をしたと素直に気付いて。最弱のまま平凡に引退するわけがない、自分は絶対特別になれるんだと信じてやまないピュアさは単純に可愛いだけじゃなく捻くれた大人を自然と共感させる力があった。

物語の輝一は劇的に何かが変わったというわけではなくたぶんこれからも一生悩み続けるドンキホーテなんだと思う。自分で動かない人はそんなに簡単に変われるわけではないから。
それでもどうしようもなく滑稽な輝一を必死で演じた三好大貴くんや田中亨くんの姿を通して見た人は現実の世界でなにかを変えられる可能性がある。誰から見てもダサくて、誰にでも近い存在の星川輝一を共感させる力がこの役には何よりも必要だったから2人が選ばれたんじゃないかなあ。

納谷健くんの言葉を借りるならそれ自体が演劇への大義ってやつなんじゃないかなあ。ビビるくらいなんも根拠がない希望的観測なんですけどね。ブヘヘ!

 

ブッチャー(納谷健)

見た?!納谷くんのオタク各位よ、初演版のスーパースターを君は見たか?!!絶対に見たほうがいいぞ!!!

第一声を聞いた瞬間にわたしは納谷健、スゲー〜〜ー!!って声高に叫びそうになってグッと堪えた。偉い。

ブッチャー:納谷健って発表されたときは実力的に申し分ないと分かっててもあのタイトな稽古期間で最重要人物を任される納谷くんの重圧ヤバすぎるでしょってなってたんだけど、声帯模写っていうんですかね?声っていうか喋り方の特徴をマネするアレがとにかくすごかった。本人がブログで語っていた通り「完全に外から作るタイプのオーダー」ってのがわかりやすい。

あんなに完璧に似せてきてグリーングリーンまで再現してくるとは思わなんだなぁ….…ちゃんと歌詞が聞きとれるか?って言われたらまあなんか空耳アワー的なラインではあったと思うんですけど雰囲気100点。耳が良いんだろうね。

ダンスやカンフーは納谷くんならではのキレの良さを出していたし、台詞回しもスーパースターのとぼけたブッチャーよりチャーミングでとっつきやすい感じにアレンジされてて強烈だけどみんなが愛したくなる演劇鑑賞会向きのキャラクターになってたのが本当にお芝居に真摯な役者さんだなぁって。

星のカケラでずーっと足かっ開いて1人だけニコニコ笑って歌ってるのがめちゃめちゃ可愛かった。「ピカイチ俺のこと描いてくれたやん!」ってスケッチブックを手渡す時の表情もすっごく優しくて好きでした〜。田中くんと納谷くんが板の上で並んだときの空気感が超好き。

稽古場風景などを見てて最近気づいたのはブログとかでも謙虚で誠実な文体だし配慮が実体を伴ったんか?っていう人柄なのに、すごくいい意味での迎合しなさっていうか我の強さがちゃんとあって、そういうとっぽいニイちゃんをPatchの中にいたら先輩同期に分け隔てなく出してくるところが人間的に面白いし

背負う期待や本人のプロ意識が高いぶん主張できる部分は奔放に、4期生だからと怯まずに虎視眈々と劇団を引っ張る存在になってってくれそうだな〜って感じてます。

どうでもいいけどウルトラマンの衣装どう考えても他のメンバーとの身長差で着丈が合ってなかったの可愛くて禿げそうで頭抱えた〜〜!!!さらにどうでもいいけど納谷くん(162cm)の等身大パネルに全力で喧嘩を売りに行ってしまった~~~!!!ここで謝罪しておきます。すみませんでした。

 

 

星川瞬一(近藤頌利)

いや〜もう星川瞬一エモすぎ問題なんだよね圧倒的に!!わたしも阪ドン前夜に夜行バスで眠れなすぎて頭抱えながら書いてたけどさ。

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輝一が能動的にアクションを起こす主人公ではないから、実質的に物語を動かしてるのが弟の瞬一で。阪ドン自体が輝一目線で瞬一のサクセスストーリーはほとんど事実のみしか語られないからみんな瞬一くんについて学級会してたのエモーーーショナル!!!!!!各々で瞬一を語りがち。
鹿殺し版のオレノグラフィティさん(劇中歌を作曲してる方です!)は風貌がボクサー以外の何者でもなかったので、配役発表前はもしかしたら直近の大阪環状線ドラマで脳筋ボクサーの役をやってた田中くんかもな〜ってぼんやり思ってたんですが蓋を開けたらまさかの近藤くんででんぐり返った。キス地獄ですわ!が納得でしかないハマり役大抜擢でしたね!ナニワのシュン(184㎝)にキスせがむの地味に難易度高くない?アントニオ猪木くらいしか無理じゃない?!
個人的に近藤くんを観たのがSPECTER・磯ミュぶりだったんですがすっかり場慣れしてお芝居上手くなってたしなによりも大舞台における華が!レベチ超えてジゲチだったのでどちらかというと私のアゴが出た。外部での経験をちゃんとPatchに還元してるの本当にすばらです。
近藤くんのオタクとそれそれ!!って合致して嬉しかったのは、ゴングが鳴ってブッチャーが負けたとわかった瞬間の落胆だけでは表しきれない、誰よりも複雑でなんとも言えない表情。自ら掴んで自ら手放した星だったとはいえリング上にあった彼の全てが無に帰したんだろうなって。切なかった…

たったの3歳でさ、兄が泣き喚いてるそばで、自分だって怖くて泣きたいのを押し殺してこの子がスーパースターになってお金を返しますから!って宣告にも近い言葉をずっと聞いてたんだよ。大号泣。母性の滝。

父親が喜ぶから寝たふりをする。父親が喜ぶからボクシングを頑張る。ピカイチとは対照的に幼いころから「大人」としての行動してたんだろうなって。

自分も妹だから余計に下の子らしさっていうか親の顔色を傍で伺ってるのが分かって。でも大人が現実をしっかり見据えることによって子供が子供らしく自由に夢を見られるなら、瞬一の我慢強さも才能なんだよ。自力で星を掴みに行けたんだから。

流れてきた感想で「子供2人はマストっしょ!ってところが可愛い。瞬一にとって兄の存在の肯定なしには出てこない言葉」っていうの見てはーなるほど確かになぁ…って感嘆した。衝動的に兄を疎ましく思ったり生まれた順番を恨んだりすることはあっても、存在否定とまではいかないもんな。本気で血縁を憎む人のことももちろん否定は出来ないですけどね。

モラトリアムで足踏みし続けてる兄の何万歩も先を行ってスーパースターになったはずのナニワのシュンが必ずしも幸せだったわけでなく、限界を悟った自分自身を解放してあげる手段があのバイク事故しかなかったのってすごく切ないです。

最後まで後ろ暗い弱さを兄には見せず湿っぽくならないように振る舞う瞬一めちゃくちゃいい男じゃん!ってグッときたし近藤くんの持つ「陽」の雰囲気が瞬一の魅力を色付けしたのかもしれないですね。ボクシング辞めても結局パッパの背中を追ってゴムみたいな麺のうどん屋継いだ瞬一可愛いかよ〜〜!!!!!末代まで栄えてくれ!!!


ペルー(吉本考志)
ペルーは出番が常にある役で裏回し的な台詞も多いなってイメージだったので、主役の三好くんと同い年コンビの吉本くんが満を持して親友役に選ばれたのアツい。非常にアツい。
輝一の唯一の理解者というか腐れ縁というかペルー自身もある意味で自分らしい世界でしか生きられないとっつぁん坊やなところが輝一と通ずるものあるなって感じがしました。そこそこおじさんだろうにスーパースターたちに目をキラキラさせてるあどけなさよ。

ゴマ…あっいや森田さんに瓶で殴られたあとの初演版にはなかった「どうする店閉める?」「いや、開ける」のテンポ感がやたらツボでした。全体的に吉本くんの受けが良かった!
ペルーの土産物ってそもそも団地キッズ界隈で誰が入れ知恵したのか謎だしペルーの土産物がまずどんなものかよくわからないけどとりあえず吉本くんは置物にしたい造形ではある。
顔がペルーの土産物に似てたってだけで「俺の引き出しにはペルーしかねえ」ってなってスナックペルー開いてペルーに移住してモテまくる日比野博司クン(本名)は何者なんだよ興味しか湧かないな?!自伝をくれ。
日比野クン輝一の面倒見てくれてスーパースターにも優しくて変人だけど良いやつやん…って思ってたのに「輝一で一攫千金なんて無理か。俺も夢見てんとまじめに働こ」って君には失望したよ的な発言するからし、辛辣ゥウ〜〜!!ってなっちゃったよね。どうしちゃったの急に。
借金抱えてる経済状況とか考えたら友情はあっても下心が動かないわけがないし千載一遇のうまるチャーンス!って欲に目が眩んじゃったんだろうね。あんな気まずく別れたのに瞬一の事故を何食わぬ顔で真っ先に知らせに来るから根はやっぱり良いやつなんだろうね、きっとね。
ピスコの歌、美声の無駄遣いにも程があるマジでほとんど中身ない歌詞で面白かったです。家族百景以来約1年ぶりに匿名劇団の東さんとの絡みがスナックペルーで繰り広げられておりました。東さんの真顔にピスコ〜!

 

モモ/獣王サンダータイガー(尾形大悟)
尾形くん今回も美味しい役だった〜〜拍手〜〜!!!!
尾形くんの抜群のプロポーション(※顔が小さくて手足がスラっと長い)をあの大舞台で活かすには爽やかポリスメンと獣王サンダータイガーしかないですわなってなもんで!!

サンダータイガー、プロレスしてなきゃほぼ変態の域。「この人怖いー!!(意訳:本役なんでお先に失礼します!)」ってコラコラあれで外を出歩いたらいかんよ。2秒で捕まるよ。
本人も歌についてブログで書いてたけど尾形くんの歌声予想以上に良かったです!!スーパースターあんなにがっつりパートがあるとは思わなかった。竹下くんと同じで声質がすごく良くてMCのお仕事もいっぱいしてほしい〜。あと尾形くんのスタイルを生かしたハツラツとしたダンスも舞台映えしますよね、表情も豊かで楽しい!が伝わってくるから見ていてこちらも楽しいです!
事前にウルトラマンモモの変身があることわかってたんですけど尾形くんのオタクには言わんとこってしてて推しがパンイチになってく過程に対するリアクションを後ろから観察出来て愉快でした。モモの肩幅とウェストラインの比率がエグくて不安になる。日に5回はお肉を食べてください、オタクより。
顔がペルーの土産物みたいだからペルー、ゴマ粒だからゴマ、歯が出てるからデッパガメとかそこそこ無慈悲な洗礼のある団地界隈でなんで大桃だからモモって急にマイルドなん?って思ったけど、モモが警察官になるくらいだし大桃家は団地界隈でも多少はお育ちが良いのかもしれんなと。モモ母マダム感あったし。
「亀汁出してんじゃねえよー!!」「亀は産卵の時しか泣かないんだぞ」みたいなデッパガメいじりがやたらとツボにはまってゲラゲラ笑った。デッパガメとモモの関係性は初演版より阪ドンの方が深掘りされててモモをひやかすペルーとピカイチの煽り方がいちいち可愛かった〜。
パレード旅団アフトゲスト回で「おたまじゃくし….あっ変な意味じゃないよ」って言葉の意味が最後まであんまりピンときてなかった(らしい)ピュアピュア尾形くんがAVコーナー物色するふしだらポリスメンをやってるの背徳感がありあまる。
尾形くんってジャー忍のときは座長の納谷くんを甲斐甲斐しくお世話してあげたり自分がルチャが出来なくなるスランプの時は誰のことも責めずに悩んでたり今回も田中くんの稽古に遅くまで付きそってあげてたりしてて、私は特に田中くん推しなので主役のプレッシャーを舞台裏で支えてくれた彼の存在にとてもとても感謝したしそういう広い心と優しさは岩崎くんの系譜を継いでるのかなって。
尾形くんの優しさは尾形くんにしかないものだから誰かと比べる必要はないのかもしれないけど、演技だけに限らない面でも劇団員にとって精神的支柱になってくれる安心感は大きいんだろうだなあって思います!

 

ゴマ/新庄プヨシ(藤戸佑飛)

24日のマチソワしか見れなかったのですが、感想を書きながら思い返してみるとどのシーンにも藤戸くん、いる!!!違和感なくいる!!じわじわきいてくる脅威のステルス性と早替えスキル。
どこにいても必ず笑わせどころで爪痕残してくし大舞台でも物怖じしない、Patchの名脇役にも程があるな?みんなで輪になってお気に入りの藤戸くんの話とかしようよ。私はね、笑顔がうるさい新庄プヨシちゃん!
役的には細かかったけど藤戸くんと言えば歌、歌と言えば藤戸くんの名声に恥じぬ実力を遺憾なく発揮しておられた。とは言っても今回はユニゾンも多かったので楽曲的な見せ場はバスケットシューズかな?

海外ドラマっぽい謎キャラの振り切れっぷり良かった〜〜誰ですか24日のマチネで「ニシムーラ!」に対してガヤで「クセがすごい」って言いながら捌けてったのは。腹筋割れたわ。
ガッツリ歌で目立つというわけではなくても舞台裏で藤戸音楽教室を開いて指導者側に回ってるのがとても頼もしいなって思いました!お芝居も場数踏むたびにめきめき良くなってるマルチな藤戸くんの今後がますます楽しみですね!

 

金光/ブルース・ルー/マイク本郷(星璃)

大人から子供まで楽しめる演劇鑑賞会の狼煙を上げる第一声が「星川ァア〜〜〜〜ー!!!!」っていうダミ声で、えっはじめてのえんげき的にトラウマ植え付けない大丈夫?セーフ?って上半期イチ余計なお世話を焼いてました。
異常に怖い関西弁に定評のある星璃くん炸裂しててみんな闇金に手を出したらダメだぞ!という新手の教育的指導。笑う。
金光さんが203号室から華麗に飛び降りるとこ客席がヒョエ〜〜….って声上げてたんシンプルに笑う。無駄にカッコいいからやめて。2000円で星璃くんのありがたいシックスパックが拝めるってやばない?楽園かよ。

いつもは重要な役を任されがちだけどおちゃめな星璃くん、締めるとこビシッと締めつつ全力でハジけてて可愛かった〜〜。肩ァ!とまたァッ!の天丼とかね、星璃くんのオヤジギャグは絶妙な塩梅で古い。(主観による総意)

金光さんとマイク本郷、本格的なアクションは今回星璃くんと納谷くんが担っててやられる側も負かす側も器用に使いこなしててさすがPatchの殺陣といえばこのお2人〜って感じでした。瞬一はほぼシャドウボクシングだしね。

金光さんの次は兵隊連れてくるからな!って地味に面白い捨てゼリフでしょ。絶対に連れてこない。割と雑魚っぽいのいっぱい連れて丸腰で来た。笑う。

クリスマスのシーンの包丁持ってやってくる金光サンタ&尾藤トナカイ、マンガの中のシーンだってわかっててもチビりそうなくらい不気味で怖い。あれについてなんか考察した人います?ピカイチにとって借金取りが怖いっていう潜在意識の闇?みたいなものかと考えてるんですけど、わからん。ご意見求むます。

 

尾藤/ツルトラマン(竹下健人)

竹下くんおかえりなさい!!すーーーごく楽しそうだった!!!ウルトラCのはじける笑顔におじさんもにこにこしてしまったよ……けんとまんの笑顔と涙で世界救おう。

2年ぶりに舞台に立ってゴリゴリにパチモンだけども憧れだった特撮ヒーローになれて嬉しそうでね。ディヤッ!っつって。

尾藤のマイクなしでもスコーン!と突き抜けて通る声もツルトラマンの伸びのある歌もポテンシャル全開放!って感じ。

それぞれの役で一瞬も手を抜かずに誰よりも舞台上で汗をかいてすきあらば笑いを取りに行くスタンスも、全部がPatchの原点を背負ってきた竹下くんだ〜って気持ちで見てました。

チョビさんが稽古中に
"最後には役を通り越して、本人そのものの魅力が伝わるように"と仰っていたことがあって

役作りとは違う、役を越えた
役ではない本当の自分が溢れ出すような作品だったんだと思いました。

竹下健人|劇団Patchオフィシャルブログ「必死のパッチ-必死やなかったらチッパに改名-」Powered by Ameba -3ページ目

‪愚直なまでに時折迷ったり悩んだりする竹下くんを見ていると、そこまで真面目に生きなくてももっとずる賢く猫かぶって世渡りしたって怒られないのになあって思ってしまうけど。

彼の夢を見る力があまりにも強いから、観る側も誠実に受け取らなきゃいけないなって背筋が伸びてシャキッとします。竹下くんはずっとそういう俳優さんでいてほしい。

 

私見だけど、丸尾さんの脚本って分かりやすいようで話によっては人を選ぶのかも知れない。事前に観劇したおたまじゃくしは面白かったしなるほど〜ってなったけど題材的にそこまで刺さる作品ではなくて。

でも個人的に今回の大阪ドンキホーテは控えめに言ってもあと8億回は見たいので、オーディションで選ばれたカンパニーの皆さんやカーテンボーイズも含めたこのあったかい座組がたった3公演でもう集まることは無いのだなあって思うとあまりにも寂しい!!!でもこの儚さすら演劇の良さなんだ〜!!!最高にワクワクと懐かしさをくれる舞台でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

以下、オタクのパッションダダ漏れ作文。読まなくてもいいです。

こんなもん手紙でやれって話なんですけど全くもってそうです。でも手紙は渡した時点で燃やして捨てろって言うのすら自分勝手だからとりあえずここで発散しておく。私のブログだ好きに書かせろ!嫌なら読むな!

 

 

 

 

 

あのね、心配してた田中くんの歌声ね、上手くはなかった!!ていうかめっちゃ緊張しておられた!声が!裏返っておられた!でもすごくダメダメでもなかった!!私にとっては!!
半分僕で半分輝一みたいな感じでうまく合わせていきたいって本人が言っていたとおり少年らしさの残る、真っ直ぐで淀みもトゲもないあれが星川輝一くんであり田中亨くんの偽りのない歌声なんだなって思いながら聴いてました。
ん〜〜〜〜なんかなんだろう…でもさ、声域が狭いだけでファッションリーダーとかリズム感は抜群に良いから聴きやすかったしパッションで歌いきってた。星のカケラの「大人の僕も相変わらず泣いていますか」って出だしのソロとか感動してたんだよ。
結局は素人目線だし田中くんが発声や歌を頑張ってきた過程を本番前まで見てきた私が何を言っても、全部擁護乙って感じになってしまうのかなって。それは嫌で。
その時その時で素直な気持ちを伝えるっていう信念は貫きたいけど必要以上に歌に対して苦手意識を持ってほしくもなくて、どう書くべきかウダウダと悩んでましたここ一週間。
一つ言いたいのは8年以上私が応援してきた女の子は歌に音程があることすらも知らないままプロの歌手になっちゃったような子で。歌もダンスもお芝居も上手いとか下手とか本当に…うん、、どうでもいいわけではないけど、私にとってはその子が表現することに意味があってお金を払う価値があると信じてて実際に価値があったので本人が目指すクオリティと、私が感動する気持ちと、他の人が判断する価値のズレを無理に擦り合わせるのはナンセンスなのでは?っていう気持ちが強い。え〜〜ん全然フォローになってなくてキレそう自分に!
だからもう今回マイクありだったけどネックだった発声が格段に良くなったって主観だけはハッキリ書いておきたいし!ただ今のままで良いわけではなくてこれからも継続的にクリアしていかなきゃいけない課題だからやっとみんなと肩を並べたってこんなにハッキリわかんだね!頑張った!偉い!大楽終わりにホッとして、ワールドカップ優勝したんかっていう勢いでオタクとハグして号泣したのは紛れもない本当。壮絶なリアルだよ。無駄にドキュメント性の高いオタク。
田中くんの声が好きすぎてそのうち溶けるって本気で思ってる人だから舞台で得た経験を絶対に自信に変えてほしさしかねえんだ私には。感情のみで書いてて大丈夫かなこれ?!伝わらない自信しかなくて逆に清々しい!!!清い!!!

まあいずれにせよどんな劇場だろうと推しが舞い降りてる舞台の尊さに変わりはないのだなと確信いたした。オタク楽しいです!!星を持っていなくても思いのままに地上を駆け抜けていけ、頑張れ私!!

すごい気持ち悪い文章で読み返したくもないから終わります。ありがとうございました。

阪ドン前に劇団鹿殺し版スーパースターを観た散文

大阪ドンキホーテを観る前にただひたすら自分語り。ネタバレはありまぁす!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

たぶん私自身は大人のピカイチがあんまり好きじゃない。

スーパースターの脚本も菜月チョビさん演出も役者さんの演技も申し分ないくらい楽しくどこか懐かしくてステキな演劇だけど。意固地なピーターパンで多方面に迷惑をかけては踏ん反り返ってる星川輝一をどうやっても好きにはなれない。

それは、私にとって憎たらしくて憎みきれないたった1人の兄を想起させるからだと思う。

だからわたしはきちんと大成してピカイチのケツを豪快に叩ける弟の瞬一が羨ましかった。

スーパースターの星川瞬一しかり、私のバイブルである宇宙兄弟の南波日々人しかり。ああやって胸を張れる妹になりたかった。

現実的にもうちょっといい会社に入ってバリバリ稼いでるか、結婚して安定した家庭を築けてたらよかったんだけど。

側から見れば大差なくても兄よりちょっとだけ賢い高校に受かって兄よりもちょっとだけ社交的なことだけが胸の内に秘めたプライドだったのに、兄が県外の私大に滑り止めで受かったからお前を4大にやる余裕はないとはっきり言われてちっぽけな誇りは崩れた。奨学金も両親のポリシーに反するから受けないのだと。後に生まれたばっかりに。

「長男だから」ですべてをねじ伏せられるバカバカしさは「あいつは星を持って生まれてないから」というよくわからない理屈で父親にボクサーの道を強いられてる状況に似ているなと思った。

そうして気がついたときにはもう兄をおっきい弟として扱ってたから、友達からお兄ちゃんお姉ちゃんにご馳走してもらっただのプレゼントをもらっただのって話を聞くたびに心のどこかで奇声を発した。

わたしは一度もしてもらったことがない。せいぜい料理を作ってくれるくらいだ。

べつにそうしてほしいとかじゃなくて、実家に帰れば父不在だと当たり前みたいに運転を任され財布がわたし持ちになるときマジしょうもね〜ってなる。兄妹としての在り方に疑問しかないっていうかこれはただの愚痴。黙る。

 

ここまでだいたい兄disって感じになってるけど頼り甲斐があるところだってたくさん知ってる。

母のいた病室で立ちあがる気力がなくなり蹲ったわたしの背中をずっと抱えてたのは兄だし、他人からの好意に対してどう返すべきか悩んだわたしに「お前の考えてるそれは完全に偏見だから」と自身の経験を交えながら納得するまで説き伏せてくれたのも兄。やるじゃん(…)

 

わたしは兄がいただいた数少ない依頼の評価も出来栄えもなんなら内容すらもまったく把握してない。

父から忌憚のない感想を聞いてはいたけどまあそれで判断する気にもならないし才能があるかどうかなんて心底どうでもよくてもうこの歳になったら見切りをつけるにしろ今からエンジンをかけるにしろ、ぐずぐずアイドリング状態でいられるのが一番うるせえしガソリン代かかって迷惑なんだわってのが家族としての気持ち。リアルガチ。

そういう煮え切らない兄への苛立ちも瞬一に共感できた。

ブログを書き始めたきっかけも兄に対する意趣返しがひとつ大きい理由としてある。私はお前がしてこなかった「書いたものを世の中という大海に放り投げてみる」が出来るんだぞと。続けていたら趣味として定着してきたので今は人に読んでもらえることが楽しい。

 

ブッチャーが本物のスーパースターたるゆえんは彼が「誰かのようになりたい」と羨んでいるわけではないからだと感じる。

演劇的な誇張で超人的に描かれてはいるけどピカイチの憧れたブッチャーは「ブッチャー、出来るでえ」と己の力を信じる一種の思い込み、自己暗示の才能が秀でているんじゃないかという印象を受けた。

オリンピックとかを見ていても競技でありながら実際表彰台に上れる人たちの闘争心は他の選手だけでなく自分に向かっていることも少なからずないわけではない気がする。

そういう次元で戦える人たちが輝きを放つ陰で、持って生まれた星がどうとか絵空事のように言う人たちが人知れず燻っているのも酷な話だなって。

 

だらだら書き始めたけど終着点がわからなくなった。とりあえず現時点で言えるのはいけすかない野郎だけど

モラトリアムから抜け出せずにいる大人ピカイチを、常にクリエイティブに明確なビジョンを高く掲げて劇団を引っ張っていこうとする三好大貴くんが

理想の存在と自分とのギャップに悶々と悩み続ける少年ピカイチを、ふてぶてしい態度すらもみんなから許容されどこか憎めない愛され最年少育成枠の田中亨くんが演じることがものすごく楽しみ。

 

ラストシーンの描き方はなんとなく山下敦弘監督作品、とりわけ「味園ユニバース」とか「苦役列車」を見終わったときの感覚に似てるなって思った。

物語は破滅的に動いたけど、主人公の生き方も境遇も何かが大きく変わったわけではない。
でもほのかな無常はたしかにある。

 

 

「憧れ」との断絶も、前進も。

どちらを選ぶにしてもその痛みや葛藤は「憧れ」を抱いたことのある人にしかわからないのかもしれないし

とっくに手放したと思っていても「小さい頃の夢はなんだった?」と聞かれてパッと思い浮かぶ姿があるように、キラキラと残り続けてくスターダストなのかもしれない。

 

 

憧れだけじゃ本当は何も見えないなって思うから、
あきらめだけは夢から覚めても言わないよって、それだけさ。

supercar/ cream soda

【舞台】劇団壱劇屋「五彩の神楽 心踏音~Shintouon~」

www.youtube.com

 

これは“男”の物語

生まれたときから
男の世界に光はなかった

耳は目になり
少し世界が明るくなった

生まれたときから
女の世界に音はなかった

足音は声になり
少し世界が輝いていった

二人は出会う
世界は眩しく色付いていく

闇は音もなく近づいてくる

これは“男女”の物語
光を奪われた男は復讐の修羅となる

 

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荒人神の終演後辛抱たまらず、観劇三昧さんに課金をしました。大正義。

 

何もかもが刹那的なお話だったなあと感じた。

世界は色づくのも暗く覆われてしまうのも一瞬だ。

瞬きの間に出会って、失う。

 

色んな人が心踏音について雰囲気が繭期っぽい話*1と表現しておられていたのですが
単純にメリーバッドエンドであるというのもそうだし、孤独による絶望感が悲劇の引き金であるという部分が私はわ〜繭期っぺえ〜!って強く思いました。

あと同じシーンを繰り返して視点が変わる叙述トリックみたいになってる構成も。

 

ノンバーバルという演劇的ハンディキャップを逆手に取ったタップダンスの演出はあーっその手があったか!って。頭に電球ピコーン。

フミという名前は真っ先にタイトルの踏む、という字にかかっているのかなと思ったけれど

心踏という語感の響きが「振動」にも感じられるしまず心を踏み鳴らす音という字面の美しさに震えた。わたしが。

今中美里さんのハミングをするようなステップはまさに「声」でした。ビジュアルの可憐さも相まってきっとこの方がフミを演じるのは必然だったんだろうなって。

ゆえに最後の届かない地団駄がとてつもなく切なかった。あの地団駄を劇場で肌で感じた人はどんな気持ちだったんだろう・・・つら寄りのつらです。

フミの奏でるリズムは不自由さを共有した二人だからこそ、二人だけに共鳴する音。

でも演劇だからこそ当事者ではない私たち(観客)には二人にすら見えていない真実が伝わる・見える・聞こえているという不思議な互換性はとても叙情的だし、セリフがあるお芝居より倍ぐらいの歯がゆさがあるなとも思います。

 

盲人を演じる吉田青弘さん。すごい月並みなことを言うとブラインドの演技が上手すぎる。

他意はないですが差別的な表現になってしまうの承知で、社会的弱者だと一目でわかる。このお話をする上でそこに不自然さがあったらそもそも成り立たなそうだからつとめて重要なことだと思うし。

目にめちゃめちゃ空虚さっていうか哀愁がある役者さんだなあって荒人神のときに思ってたので、心優しき弱者である盲人さんが失うものがなにもない強さを手にいれて修羅になるのがもう・・・悲しい以外の感情は死んだ。どうでもいいけど盲目の剣士って超かっこいいです。

 

精神と時の部屋って例えめっちゃクるわ~。わかりやすい。わたし悟空じゃないから知らんけど。

ものすごく個人的な話をすると、吉田さんがお会いしたパラ水泳金メダリストの方が河合純一先生 だったとしたら卒倒します。

河合先生が教員だったのは有名な話なので大丈夫だと思って書きますけど…まあ割とゴリゴリに面識がある。これもご縁なのでいつか吉田さんの舞台で機会があったら聞いてみたいですね。

 

なんかね、あくまでもわたしの考えで、さみしい気持ちとか心の孤独って一度満たされてしまったらからっぽの状態は取り戻せないというか

どれだけ別の存在で満たそうとしても使い捨てのニッチでしかないって思うんです。

心のすきまを埋めるんじゃなくてすきまがある状態に少しずつ慣れていきながら生きていくのが強さなんじゃないかなって。それが出来ないから難しい。

孤独という概念すらなかった盲人さんの世界に風穴を開けたフミという光を失ったことで
本当の意味での暗闇、ブラインドが産まれてしまったのかなって。想像しました。

だから岳人さんが優しさゆえに起こした行動も救いといえば救いなんだけど

鈴の音がフミの奏でる足音の代わりにならなかったみたいに、まあ身も蓋もない言い方しちゃうと間に合わせでしかなかったというか

結果的に死によってしか救われなかったってことの証明になっちゃったのかもしれないですしね。

岳人を演じた坂口修一さん。まだまだ関西演劇界隈に疎いのでお顔であんまピンとこなくてなんか見たことあるかもこのイケおじさま…ってなっててお名前見てあっequalの人か!って。

敵?!味方?!どっち〜!??って終盤まで撹乱させられる怪演でした。  

初孫感がすごい(やめなさい)(失言)

 

わたしは荒人神を観た後で心踏音を観ているので、盲人さんが杖で剣の稽古(へたくそ)をするのをフミちゃんが側で見ているシーンも、元と荒と白みたいだ…と重ねて見てしまう。 

俺たちの竹村さんが演ずる笑人さんもあらびとで上田あやみさん(今年からひらがな表記になったんですね!)が演じたずっと笑ってる盲目の少女にリンクする…うぅ。

 

吉田さんが終演後につぶやいていた「心踏音は荒人神によって救われる」の意味が今なら深くわかる。心踏音という物語はこれ以上ないほど完成されているのだけれど、笑人を想起させる荒という存在に再び出会うことで盲人さんは違う色を見ることが出来たのかな。
フミにしか拍手をもらえなかった盲人さんがみんなから祝福の拍手をもらえてるのとか…優しい世界すぎる…ずるい…

言葉がなくても想いが伝わる良さと、伝わらないということが伝わるもどかしさが共存した舞台だなあと、こういう作品は何度でも観たいので

後日観劇三昧本店で現物買っちゃいました。えへ。価値あるものには正規料金を。

個人的には神楽シリーズで一番フラットに人に薦めたくなる作品だったので、今後は繭期拗らせてそうな民を椅子に縛り付けて武力を行使していく所存です。

*1:TRUMPシリーズ

【舞台】あの子の宿題

f:id:landoll225:20180305204531j:image

僕と、あの子の人生は、もう交わらない。

教室の中心には、いつも「あの子」がいた。
転校してきてから、ずっと。
風のように、光のように、あの子はここにいた。

そして突然、消えた。

それから十五年。
同窓会で明らかになる、あの子の本当。
上書きされる記憶。
あの子は胸の中で、さみしそうに笑う。

三十歳になっても、いまだ解けない、あの子の宿題。

https://stage.corich.jp/stage/86789

 

私から見えたあの子は、良くも悪くもあらゆる「羨望」をぶつけられている存在だった。

それは私自身が中学生の時にモヤモヤと抱えていた、誰でもいいから誰かを羨みたい気持ち。うまくいかないなっていう鬱屈やなんとなく張り合いのない生産性のなさを何かになすりつけて楽になりたかった。
極論、そういうのが日常化するといじめに繋がるのかもしれないって考えたら私はもしかしたらいじめっ子だったのかなあ。

誰かを傷つけることに対する快感は毛頭なくて自制心はあったはずなんだよな。楽しいことしか覚えてないからわからないな。残酷だね。

 

とりあえず「あの子」は本心や憧れやコンプレックスを押し付けたその人の思想そのものだ。特に理由はないけどこいつが居なければいいのにな〜、みたいな。抑圧された、表面化されないドロドロとしたなにか。
片岡の気持ちを全部見透かしたうえであの子と仲良くしている倉木さんも、優等生の仮面を被ったままやることやってる佐藤さんも良くも悪くも女子だなって思う。忍耐強くて、歪んでいる。
あの子は、純粋に「誰かに必要とされたい」とだけ渇望していたから理不尽な羨望を拒まずに全部受け入れて壊れちゃったんだろうな。
細川くんの言う「可哀想?俺とあの子どっちが?」という台詞が魚の骨みたいに気持ち悪く引っかかってずっと取れない。
押し付けた側が悪なのか、受け入れる側が悪なのか。
あの子が具体的にどうなったのかは物語の中で語られないけどたぶん壊れたままどこかで生きてるんだと思う。

 

わたしには珍しく、誰に共感するとかもなくずっと物語を俯瞰しながら観ていた。

「理由なんてある?」というあの子のやっと垣間見えた本心と溢れ出た涙で急に大きく心が揺らいだ。
誰かを羨む理由も誰かに必要とされたいと望む理由も明確にはきっと無くて、すべては思春期という渦の中で勝手に産まれて勝手に死んでくだけの感情なんだろうなあと考えさせられた。
誰もが忘れかけていたパンドラの匣をそっと開かせるような舞台が「あの子の宿題」なのかも。

 

私はブログのタイトルにする程度には教師が嫌いだったし、そもそも信用をしていなかったから教師も私のことが嫌いだったと自認してるんだけど
安藤先生が15年以上経ってもなお教師という立場の呪縛に囚われてて保護者から縋るようにあの子を探してくださいと迫られているから
あの人たちには3年間だけではなく生徒のその後の人生をずっと背負わされなきゃいけない苦しみがあるんだな、ということに気付かされた。この歳で。ダサいかよ。
先生を演じた小沢さんにそんな感想を述べてみたところ、「いろんな先生が居ますからね。でも、僕らのお芝居を通してそう思っていただけたのが何よりも嬉しいです」と固く強く握手をしてくれた。


あの子の宿題は中学時代の話だけれど役者陣の平均年齢が高く、それが逆にお芝居としての説得力を裏付けしている舞台だった。
そんな中で主人公君島くんの理想の姿である、チャラくて金髪でイケイケな男子タケルを演じたのがカンパニー最年少の星璃さん。
彼は君島くんの脳内でバトロワ的なアクションをしたりあの子と自転車でニッケ(2ケツのことこう呼ぶ世代の人います〜?)したりととにかくハジけた空想上のキャラクターでありながらも

君島くんのイマジナリー・フレンドとしても描かれる、どっちつかずなバランスがとても難しいポジションを器用に演じているなと感じてました。

 

最後の最後に取り残された「あの子」の存在を救うのは本来はどこにも居ないはずのタケルという男の子。

あの子も、もうどこにも居ないからこそあのラストなのかもしれないと少し考えた。でもそうなるとお母さんのことがつらくて仕方なくなった。
たとえ君島くんが作り上げた空想の世界だったとしてもお母さんがあの子の存在を抱きしめたかったことだけは確かなことなんだと、

お母さんが果たして本当に良い人間だったかどうかは描かれないから定かではないけれどそうあってほしいと祈る。