わたしについて

1992年5月生まれ。

静岡県浜松市出身。特に隠してるつもりじゃないんですが便宜上、ブログやTwitterでは僻地と呼んでいます。

現在は都内在住。

 

【ブログタイトルについて】

嫌われまくっていたクラス担任から言われた言葉が由来です。名前すら呼ばれなくなった。

「囚人番号やん」と笑い飛ばしてくれた隣の席の男子には感謝してますが、囚人扱いされたことは根に持っている。

 

【趣味とか】

人のブログを読むこと。芸能人アイドルブロガー問わず無差別に気になるエントリを暇なとき読んでます。

ジャニヲタさんとか俳優厨あたりは無駄に面白いですよね。ギャグセン高い。

オタク以外の趣味ないな…映画とか音楽とか?サブカル脳。つまんない人間。

影響受けた映画とか漫画はそのうちエントリ書こうかな。

英語はなんか教育方針で勉強させられてて困らない程度には喋れるかも。んーでも最近びみょいか。ドイツ語が好きなのでイケメンのドイツ人と結婚して余生を送りたい。

専門のときに色彩検2級とパーソナルカラー3級はとった。時期をみてもっと上の級とカラーコーディネーターとりたい。色彩学好きです。

ゲームもやんない。スマホゲで桃鉄と麻雀するくらい。

すぐ推しの影響受けるからボクシングジム通おうかなとか考えてる。水泳は好きなので運動不足解消に気が向いたらプール行ってます。

 

【おたく遍歴】

美内すずえの漫画と宮藤官九郎のドラマ・映画を履修しないと立派な大人になれないという情操教育概念が終わっている母のもと育つ。

あと父の趣味でよくわかんない映画もろもろ。共働きだったんで話を合わせたくて必死だった。かわいいね。

 

中学入学ぐらいで大阪レイニーブルースと出会い関ジャニ∞にハマる。大倉くんのために部活とジャニヲタを頑張る。

高校入学。バイト代を湯水のように遠征費につぎ込む。パズル魂あたりまで通ってた。

ここらへんからライブハウスにも足を伸ばし始めモッシュ勢と仲良くなる。ライブとバイトしかしない日々。

JKに対する興味が死んだので学校は寝るために行ったり行かなかったり。

進級が危ぶみこのまま人生が詰むのだろうかという末期にたまたま目にしたモーニング娘。気まぐれプリンセスで極度にかわいい道重さゆみちゃんと出会う。恋をした。

顔がとにかくかわいかったので色々動画や音楽を漁っていくうちに寺田光男(つんく)の歌詞に人生を救われる。

顔がひたすらかわいいのにテレビでむちゃくちゃ嫌われているさゆみちゃんがどうしてそんなに頑張れるのかを知りラジオで号泣するほどの信念の強さ、人間力に完全に堕ちる。以下参照。

www.youtube.com

 

同時期に人生を変える映画「ボーイズ・オン・ザ・ラン」と出会う。銀杏BOYZはもともと好きだったので峯田和伸の鼻水で大号泣。以降この2人が心の拠り所となる。

 

ハロプロと銀杏のおかげで高校と専門を卒業後、ドイツで2ヶ月ほど生活をしているときにLILIUM少女純潔歌劇とかいう界隈をざわつかせるやべえ舞台について小耳に挟む。工藤が男役の舞台がやべえらしい。

帰国後円盤でやべえ舞台を観る。放心する。もっかい観る。放心。以下無限ループ。繭期のはじまり。

秒でTRUMPとかいう関連作をポチり俳優・山田裕貴と出会う。アレンとクラウスに心臓を捧げる。ちなみにこの当時D2を全く知らない。

ストロボエッジを観てこの人の演技やばない?(疑惑)からの舞台ガランチードを観劇してやばい(確信)沼落ち。

イムリーにSPECTERとかいう関連作の情報が流れてくる。ふ〜〜ん大阪ねぇ…ワタナベ関西…劇団Patch…誰も知らん…

あ、でもチケットは余ってる。休みだし行くかあ…のテンションで遠征。

ぼっちで会場に着きこの人顔くっそかっこいいな〜と誰か知らん人にグッズを売ってもらい(マジで覚えてない)大阪来てええもん観たわ…のテンションを抱え誰とも話さず帰京。

感想ツイを勁剛くんにファボられ沸いたのがきっかけでPatch箱推しのはじまり。

 

度重なるハロプロ現場嫌い案件によりCrazy完全な在宅に転向。山田裕貴のおたくにシフト。

山田裕貴という俳優の演技や作品だけではなく生き方にまで惚れ込む毎日。ニャンちゅう顔で笑うシワの一本まで愛おしい。

劇団Patchは本公演の円盤を買うくらいでゆるっと二推し。特定の推しがおらず、興味が死滅しかけた頃に磯ミュ初演を観劇。バカみたいに楽しくてやっぱり好き。

ただ事務所の迷走っぷりには疑義。宣伝提灯がなんぼのもんじゃい。パンフ以外ノーセンキューよの闇期。磯ミュ再演観に行けないけどいいやってなった直後に勁剛くん卒業。落胆。

 

さゆみちゃんが活休から再生する予定だし上京したてだし山田さんが絶好調なのでとりあえず山田のおたくと観劇おばさんで忙しいときに羽生蓮太郎決まる。悩んで1公演だけ買う。

表面上では久々のぱちすて楽しみ〜!といいつつ心中は「末満さん最後だしもうこれがダメだったら箱推しやめよう。さようなら劇団Patch…」のテンションで観劇。

神は私とPatchのご縁を見捨てなかった。歩野親春こと、田中亨と出会う。名前も顔もあやふやだった18歳の4期生に堕ちる。

めでたく劇団Patch推しから田中亨推しになりましたとさ。そして今に至る。

基本DDですが推しは増えるけど堕ちたら固定です。

 

【なにかあれば】

Twitter→@krauss_holic

DM解放してるんでどうぞ。

ざっくり観劇予定まとめ記事。

landoll225.hatenablog.com

 

ドラマ「女子的生活」と、マーメイドライン

 www.nhk.or.jp

 

主に回想シーンで「体育か〜」と呟いたり天使の笑顔で戯れたりする屋上学ラン紙パック飲料が大正義な推しを注視するためにたまたま見始めた「女子的生活」というドラマが普通に面白かったので、現時点で思った考察などをだらだら書くだけの記事です。

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 ※推しです(本文とはあまり関係がない)

 

 

志尊淳くん演じる、主人公小川みきのトランスジェンダーMtF)かつ性的志向は女性(同性愛)という設定を知ったときに

真っ先に浮かんだのが「マーメイドライン」という漫画でした。

 

 

マーメイドライン - Wikipedia

ジャングルはいつもハレのちグゥ」「ニコイチ」などが著名な金田一蓮十郎先生の短編集です。

わたしはこの短編集全体に流れている、センシティブなテーマにやわらかいタッチで寄り添いつつも

ごくごく普遍的な女性の在り方を密に浮かび上がらせてる空気感がすごく好きなんですね。百合が特別好きってわけではないんですけど作品として。

 

みきとよく似た境遇にあるのはあゆみとあいかというエピソード。

あいかはもともと竜之介という男性で、自身がトランスジェンダーだと自覚したことをきっかけに恋人のあゆみに迷惑はかけられないと別れを持ちかける。

だけど、その本心は女性の心であゆみを愛している葛藤で揺れていて…というお話なんですが

他のお話が恋愛としては結ばれずほろ苦い友愛で終わるのに比べたら

「どうしても一緒にはなりたいからあいかが性転換をすることは受け入れるが、戸籍だけは男性のままでいられないか?」と今度は逆にあゆみが持ちかけることで

性のボーダーを超えたお互いにとって望ましい愛を共有する意味で、唯一ハッピーエンドが描かれている。とわたしは思ってる。

表題であるマーメイドラインは人魚を模したウェディングドレスの形状であることからも結婚という一種の、女性にとっての幸せを隠喩していて

あいかの「きっと私は間違って男の子に生まれたんじゃないんだね」という台詞がそれを端的に表していると思う。

 

 

めぐみとあおいというエピソードではより直接的に、童話の人魚姫がモチーフになっている。

親友のあおいに想いを寄せるめぐみは伝えてしまったら側にいられなくなってしまう自身の恋を人魚姫に擬える。

人魚姫の恋は叶わない。声と尾ひれを代償に、王子に想いを伝えることも海に戻ることも出来ずやがて泡となって消える。

ひょんなことからめぐみとの仲を噂され向けられた好奇の視線に思わずあおいは

「"私は"同性愛者じゃない」と口走ってしまう。

周囲から孤立してしまっためぐみは、あおいをこれ以上傷つけないために本意ではない男子と交際することで自分自身に「証明」を課すようになる。もう一度また友だちとして、あおいの側にいられるようにと。

たとえ想いが叶わなくともそれが自分にとって唯一の幸せな選択なのだと。

 

 

 

悲しい人魚姫 (クイーンズコミックスDIGITAL)

悲しい人魚姫 (クイーンズコミックスDIGITAL)

 

セクシャルマイノリティーの恋愛観がしばしば人魚に喩えられるのはなんかしらのシンパシーがあるんですかね。

悲しい人魚姫という漫画も好きで、それもトランスジェンダーの女性が主人公だった。

 

 

ドラマの1話でユイという女の子とみきは関係を持つ。

ユイはいわゆるストレートだがおそらくは恋愛体質…というよりも人畜無害なオーガニック女子を演じる裏で

未知との遭遇に昂ぶりを隠せず、享楽に溺れたがる奔放な顔をみきは見抜いて、その毒気に惚れ込んだようにも見受けられた。

ああいうコンセプトのホテルがいかにもという風潮はこの際置いておくとして(笑)

パールに見立てたベッドでシルクのシーツをまとった2人は尾ひれの生えた人魚みたいできれいだなあと思った。

本物の女の子であるユイにとっては刺激的な一夜を愉しむだけのゲーム。

でも自分の幸せは不自由なまがいものだとどこかで俯瞰しているみきは、手に入らないものに執着してもしかたがないと割り切るためフェイクなジュエリーと言い聞かせている。

文字通り泡沫の夢から醒めてショーウィンドウに映った自分に「めんどくせ」と吐き捨てるみき。

ただ単に息苦しそうだなと思った。

ジェンダーバイアスとか、マイノリティとかじゃなくて一人の女性として宙ぶらりんで泡にもなれない今の彼女にとって

二本足で地面を歩くことはたぶん自由に海を泳ぐよりもずっと息苦しいのだろうと想像する。

自分らしい幸せが彼女を苦しめてもいる。

まだ2話までしか描かれていないけど彼女が息抜きとしてアクアリウムに通っていて自由に泳ぐ魚たちを見つめているのはそういうものから解放されたいという理由もあるのだろうかというふうに、ぼんやりとわたしの中では解釈をしている。

 

ユイちゃんはあ〜楽しかった!みきちゃんありがとね!的な感じで彼ピッピのところにフェイドアウトしてしまうのかなあと思っていたら、存外普通に2話にも登場しててスーパードライな関係性に萌えました。

願わくばみきちゃんが本物の幸せを分かち合えるマーメイドラインのような未来があってほしいけど…原作読んでないので、今のところみきちゃんが世直し先生的なことをする趣旨のドラマなんやなという見解なのでど〜なるのかなあ〜!!!私の幸せは私が決めるわっていわれたらオラ何も言えねえだ〜!!(大の字)

 

 

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ところでこれも推しですよね?!!!違う??!!教えておじいさ〜ん!!!

天使を探すスキルが鍛えられるドラマとしてもオススメなのでぜひ。学ラン美少年のスピンオフを熱望しています。

【舞台】劇団壱劇屋「五彩の神楽 荒人神~Arabitokami~」

 

www.youtube.com

 

これは“人”の物語

人は人を救う
人は人を殺す
人は人に絶望し
人は人に希望を託す

人は人を治める為に神となり
人は人の為に神に挑む

これは“人々”の物語
すべての人は人の為に立ち上がる

gosainokagura

  

※ここから前置きが長いです。

 

頑張っているだけ、がわたしは嫌いだ。

「頑張ってる」で全部済むの?頑張ってればみんな良い人なの?

尊敬してやまないマツコデラックスさんが言っていたのに深く感銘を受けたからです。

もちろん頑張る人そのものにも、それを応援する人にも非はないのだけど

私自身が何をやっても不器用だからこそ頑張っていれば認められる。結果が伴わなくても仕方がない。

そういう風潮に甘えたくない流されたくないと強情に思い込んでいるきらいがある。

実力だけでどうにもならないことはたくさんあるけど、もっと死に物狂いになれたんじゃないか?ベストじゃなくてベターなやり方をしてたならばどこかで頑張り方を変えるべきだったんじゃないか?って思わなきゃ納得できない。あ、これ全部(to 自分)って感じなんで悪しからず。

荒人神を観終わって、客出しにおられた竹村さんに劇団Patchの田中亨くんを客演起用してくださった感謝をどうしても伝えたかった、と同時に

バックの墨絵に描かれていたのはそれぞれの神楽の主人公たちだったので荒人神ではてっきり竹村さんだと思っていましたと率直な気持ちをお伝えしたところ

「僕は一番頑張っている人を墨絵にしたかったので、荒人神では田中くんだなと思ったんですよ」

と菩薩のように笑いかけてくださった。

もちろん田中くんが頑張っていたのは一目瞭然だし光栄だけれど。ずっと8月から神楽を作り上げてきて舞台上でも舞台を降りても汗だくの竹村さんが頑張っていないわけがないのに。善人にもほどがある。

自分の信条がガツンと揺さぶられた気がした。

 

夢を追う人たちは時代を作ってるっていう自覚がないのかもしれないし、オリンピック選手もそうですけど、自分のためにやってることであっても、それを観た多くの人が力を得ている。
がんばる人と応援する人のサイクルってすごいなと思うんですよ。
変な話だなと思うんですけど、結局は苦しんでることが誰かにとっての希望になるっていう。
苦しみ、輝き続けることが、あなた自身も、周りの人にとっても希望になるんだなって感じて描いた曲ですね。
それは、誰に対しても言えることですけど。

瀧川ありさ「at film.」インタビュー (2/2) - 音楽ナタリー 特集・インタビュー

「頑張る人と応援する人のサイクル」は至言だと思う。

わたしは誰かを応援している時間や、素敵な役者さんと心が震えるような演劇に出会えたときすらも自分自身のアイデンティティだと信じてやまない。

だから竹村さんの言う理不尽やどうにもならないことだらけの世の中にも世界に1人くらいは命をかけて助けてくれる人がいるんじゃないか?という考えを証明は難しいけれど演劇という形にしたかった。という言葉の

「助けてくれる人」のひとつが自分にとってはお芝居を通して新しい考えを導き出してくれる役者さんだったりもするのかな…となんとなく考えたりもした。

家族や友人らと同じかときにはそれ以上に、演劇には驚くほど救われたり大きな力を貰ったりしている瞬間があると自負している。

 

普段東京に住んでいる私が劇団壱劇屋さんのノンバーバル殺陣芝居を初めて観るにあたって

過去に「私、殺陣って見方がよくわからない」と言われ、自分は別に経験者でもなければ演劇に詳しいわけでもないので

「私もぶっちゃけよくわからない」と素直に返したことを思い出した。

決して殺陣という表現を軽視しているのではなくてあくまでも「舞台を観てる人の認識のひとつ」だと寛大に捉えていただけたら幸いなのですが

すごいのはわかる。この人は上手いとか今戦っているシーンでは誰が強いという優劣も漫然とわかる。

でも動体視力がマジでおばあちゃんなので、いつも派手な動作や刀の応酬を目で追うのに必死で気づいたら勝敗が決まってしまってて

セリフのないお芝居でそこに感情や物語が生まれるというのがあまり想像がつかず私の頭で理解しついていけるだろうか?というのが不安としてあった。

とりあえずそんなに予備知識を入れない状態で観に行こうと思った。

(でもまさかの無料配信に我慢しきれなくて雰囲気を把握するため戰御史だけ薄目で見てしまった。面白かったけど脳の消費カロリーが異常に高くてなるほどね…とドツボに嵌った。)

 

デフォルトの長い前置き、以上です。

 

本作の主人公たち。荒(竹村晋太郎)は初っ端から粗暴者の出で立ちでだるそうだがひとたび戦況に加わればめちゃくちゃに強い。無双。

搾取する者とされる者、その差が明確に描かれ

目に見えるかたちで醜い諍いや争いを起こす人間にはほとほと呆れた様子。

"弱者"と"強者"が点在する世界そのものに辟易としている。

一番最初に観たときは、不穏な空気を察した荒が必ず元(と白)をその場から遠ざけるのが意図的にしていることなのか

あるいは俗世離れした元には理不尽な人間社会がはじめから見えないようなつくりになっているのか?とも考えたけど

人斬りを元に見られてしまいひどく落胆する荒のシーンがあったことであぁやっぱり尊い存在に血を浴びせないよう守っていたんだなと納得してなるほどノンバーバル、とこのお芝居の楽しみ方に気づいた。

セリフや説明という制約がないからこそ関係性、演出意図、ストーリーラインがすべて観客個人の解釈に委ねられる。観ている側も都度修正したり脳内補完したりすることであらゆる可能性を想像しては創造していく。

役者さんにとっては台本に沿った物語や心情をいかに多く伝えられるかの責務があり技量を問われるので難しいだろうし

自由度が高いからこそあくまで与えられた情報をどこまで受け取るかも観客のさじ加減なのでそういう部分もむっちゃ演劇〜!って思いました。

ですのでわたしが書く感想もほとんど主観です。

荒が無数の刃を自在に操る化身だとすれば、元(田中亨)は鞘だと直感した。

刀身を収め、人を治めるために生きる少年。

元は決して強くはない。非力などころか他者に刃を向ける度胸すらない。

ただキラキラとした眼光には、敵の邪気が一瞬怯んでしまうような不思議な力がある。

荒がかつて違う世界で人を救うために使った大切な武器を託すだけの存在なのだから

強い・弱いではなくて何か特別な、元の側で人助けを手伝うかけがえのない理由がきっとあるんだろうなと推察した。

現人神 - Wikipedia

現人神(あらひとがみ)は、「この世に人間の姿で現れた神」を意味する言葉。

荒人神とも書く。 また、生きながらも死者と同じ尊厳を持つ。という意味もある 「人間でありながら、同時に神である」という語義でも用い、主に第二次世界大戦終結まで天皇を指す語として用いられた。

荒人神、というタイトルに文字通り人の形をした神という意味があるならば
荒という人間が救いを求める神はまぎれもなく元なのだろうと私は解釈する。
人間に絶望しかけている荒にとって純真無垢な元だけが唯一の希望で、闇を照らす光のような存在なのだけれど
生い立ちや他者から受ける扱いをみるに元も人の業や愚かさ、あらゆる不浄を知らないわけではない。

白(畠山薫)と出会った当初の元は人助けという義や生業に一切の疑いを持たず
実際に剣を振るうのは荒なのにどこか得意げに「助けましょうか?」と簡単に手を差し伸べてしまうのが印象に残っていた。

姉(西分綾香)が差し出した手にはもちろん一緒に戦おう、と対等な立場に元や白を掬い上げてあげる意思も感じられたけど…どうしても手を差し伸べるという構図は強者が弱者に力を貸すような、驕りにも近い行為にわたしには見えていて。

白が現れたことによって次第に影響され、世の理はいつも一つの義によって成り立っているわけではないという現実と直面し

自身の弱さを自覚しては口をイッてしたり髪をクシャクシャと掻きむしったり耳をギュッてしてむりやり元気を出す仕草だとか

荒を助けたい、護りたいと勇気を振り絞って剣を向けるところとか…全部が人間臭くてきちんと「屈託」しているところ。

わたしはそこがとても好きだ。彼の根底にあるものは絶対的な人間愛だと思えるから。

 

神様なんかじゃないただの人間。

 

荒だってそうだ。心を巣食う闇を付け狙った靄によって神がかり的な力を得ても心まで失ったわけではない。

もしも、心まで奪い去ってくれていたら彼はどうなっていたのだろう。でもきっと靄は心無き人に棲みついて操ることはできないんだろうな、とも思う。

半分だけ神様に近づいたあまりにも悲しい笑顔を浮かべたまま「お前だけは守っていってやるから、こっちにおいで」と手を差しのべる荒。

その手を拒む元。台本いわく「きっと一緒にいけば(自分は)楽なんだ。何も考えなくていい。でも違う。そうなったら荒が一生苦しむ。」

この逡巡にこめられた想いを知ったらそりゃもう。。。涙なくして見れません。

あんだけバッサバッサチャンバラ放題やらかした人神と紙一重の距離。

今その手掴めば自分だけは助かるってわかりきってるのに。

荒を救ってあげられる保証なんてないのに、命と目の前の人を天秤にかけてなお助けたいと自らを奮い立たせるのです。

twitter.com

信じられ西分さん。仰るとおりでした。

元を、そして田中亨くんを応援しない人はこの世に存在しないです。そう信じます。

 

最後だって闇に飲み込まれそうで藁をもすがる思いで助けを求める荒に、元は一瞬迷ったが「手を貸さない」。

目の前の人を救える力が自分にないことは誰よりもわかっている。

ただ荒の背負う闇を一緒に背負ってあげること。同じ人として同じ目線に立つことが精一杯だ。

荒の隣に並んだ元は全身が震えていた。得体の知れない靄に自分も飲み込まれてしまうかもしれない。敬愛し、信頼し、畏怖すらも抱いた存在に今度こそは斬られてしまうかもしれない。

恐れを顧みず立ち向かう勇気を教えてくれた白が側にいてくれたからこそ二人でならば戦えると信じることが出来たのかもしれない。

元にとっての白は対等に接してくれる存在でありながらも、元と対照的な部分を映す合わせ鏡のように見えた。

半紙に描かれた墨がそうあるように一度黒く塗りつぶされてしまった白を元に戻すのは難しい。

それでも窮地に立たされた白が、自分の描いた彼らならかつての彼を救ってくれるかもしれないとありったけの力で絵を具現化させるシーンは歓声をあげそうなくらいはちゃめちゃにかっこよかったです!!

音楽も照明も須らく仕事をしすぎてる圧倒的二次元感!!もしくはニチアサ!みんなが目の前で生きてる!わー!胸熱スーパーヒーロー大戦だ!

エンディングダンスもそうなんですけど4人の主人公たちそれぞれの戦い方にも人となりや個性が光っていてセリフがないのに効果音や音楽、殺陣付けひとつでキャラクター性ってこんなに伝わるものなんだ…って感覚が新鮮でした。

細い体に大きな旗と鎧を纏い、心の美しさが佇まいからわかる姉。

パンチの効いたコミカルなキャラで誰よりも熱い心を持っていそうな紅。

さりげない優しさと瞳のさみしさが哀愁漂う盲人。

用心深く状況を見守る表助。

直前に戰御史を観ていたのでまさかろうそく男の赤星マサノリさんが出てくるとは思わなかった!ろうそくさん、完全に元そっちのけで高揚感MAXでヒャッハー!していていや目的目的!ってなる。殺陣めちゃくちゃかっこいいのにかわいかったです。なにあの生き物。

私を含め神楽シリーズを観ていない人にもその人の背負った物語が伝わってくる構成になっていたのがありがたかったです、自然に「この人の物語も知りたい」と思わせてくれる。

荒が救いきれなかった人たちの回想がリフレインすることによって、兄妹、義賊、盲目の少女、兵士や咎人たち…ああきっとこの人たちを荒は記憶の彼らと重ねていたんだなって漠然とわかりました。

ノンバーバルという特長を最大に生かした演出で特に印象的だったのは人が世界に絶望した瞬間の”叫び”です。

裏切られた兄妹の、義賊の、盲少女の、荒の…そして元の慟哭。

言葉ではないからこそ魂が剥き出したままこちらに飛び込んでくるような、それこそ獣じみた感情がダイレクトに脳に突き刺さるので怖かった。

田中亨くんにとってもこんなに感情的な役は今までなかったんじゃないかなって新しい一面を見れたので、それが荒人神という作品で良かったなとも思います。

 

なんかここからただのオタクの妄言の類でほとんど感想じゃないんですけど…

荒人神を全部で4公演観て、台本とかストーリーが頭に入ってくるにしたがってだんだんその人の心情とかもわかってくるので

最後のほうはもう毎回荒に対する感情移入が制御不能になっちゃってヤバかったです。今でも泣ける。

だってもう、私はどうしたって田中くんのオタクとして観に来てるわけだから荒にとっての光に見えてる元が私にとっての田中くんそのものにしか見えないだもん。しんどい。

深夜に荒人神の台本を読んで竹村さんの人柄が乗り移っている文章に共感通り越して本気でオイオイ枕を濡らしました。

正しいことが間違えにされたり。間違っていることが正当化されたり。わかっているけど許せない。

エモすぎ。そう。そうなんだよ。本当の正義なんてこの世にあるかどうか知らないけどさ、少なくとも私が信じたものが蔑ろにされたり評価されなかったりした時、信じた分だけ憤りになるよ。悪いかよ。

でも最終的に心の闇も自分の一部であると肯定してあげる一文の優しさにはちょっと早急にこの台本を道徳の教科書とかに載せなければならない使命感すら感じましたね。

エンディングダンスもほんとあの、多幸感と可愛いが極まれ過ぎて壱劇屋さんを拝み倒すほかありません。

0番で踊る田中くん完全に舞い降りてました。今世紀で一番地上に舞い降りていた。

ありがとうございますホントに。神社とかいつ建設予定ですか?一刻も早くお賽銭投げ散らかしたい気持ちを物販でぶちまけて帰りました。手ぬぐい何枚買うねん。

ご本尊(竹村さん)に元という名前の由来はなにかあるんですか?ということも聞いたところ

「もうみてもらったとおり元気で…観ている人も周りの人も元気にしてくれるような役かなって」みたいなことを仰っていて

ご本人が一番の正解だなって思うんですけども、もし勝手に私が考えてもいいなら

田中くんが外部や本公演の経験を吸収するのびしろと速度ってほんとにはんぱないんですよ!!

ハブレンを観た2017年4月の時点で2年後くらいには成長してしまって親春は出来なさそうだねと言っていたのに、たったの8ヶ月でもうきっと再演しても同じ親春は見れないんだろうなと思わされてる。

だからこそ五彩の神楽のような試みは暫くないにしろ、今後壱劇屋さんに亨くんがお呼ばれするとしてもきっとそのときの亨くんにはもう荒人神と全く同じ役は出来ないかもしれないので原点の「元」となる役になったらいいなって。

お知り合いの方が「田中くんと畠山さんに関しては最後のゲストでめちゃくちゃプレッシャーだろうけどあまり背負いすぎないことを逆に竹村さんは求めてたのかも」的なことを呟いていらしてまさにそうだなって。

そういう今の彼にしか出来ない、元々の彼を生かす役を与えられてる役者さんだからこそわたしは応援してて楽しいし成長を見守ってるつもりです。

あとはなんだろうなぁ、「現人神」の現がゲンともアラとも読めるのが面白いなって思ったり

白と荒が白黒の衣装なのに対して元はちゃんと素材感のある、色付きの衣装なので原色の「ゲン」だったりするのかなーとか、元っていう貴重な役には色んな意味があるなあって考えてるだけで込み上げてきた。

田中くん自身が今回の客演を通して自信がついたとブログで言っていたのでああ観劇納めにふさわしい素敵な作品に私も出会えて良かったなって心から思います。

役者さんにとって求められてる結果、というものが観客の相対的な評価なのか偉い人が今後お仕事をくれるかどうかなのかどっちもなのかとか、そういうのはよくわからないんですが一観客の私自身は板の上から伝えてくれたこと、田中亨くんのあるべき姿が伝わっていたので十分に満足です。はなまる。本当に充実した観劇納めでした。

自分は世界にとってまだまだ非力だけど、無力じゃない。

そのメッセージを竹村さんが演劇という形で証明してくださったのと同じように、筆力に限界はあってもわたしなりになにかを書き記して恩返しがしたいと今必死に文章を考えあぐねているし

舞台上から伝えてもらったパワーをいずれ実社会に還元していきたいなあ…と願わずにはおれんのです。自己満じゃなくて結果をきちんと残せるように。

 

年内に書き終わるつもりが年明けてしまいましたが五彩の神楽最終章、長旅本当にお疲れ様でした〜!

ほかの神楽シリーズの感想もぼちぼち上げていこうと思います!

壱劇屋さんは独鬼も東京公演があるので楽しみだー!!絶対に観に行きます!!

2017年の現場まとめ

舞台観劇、イベント、舞台挨拶、コンサート、ライブなどごちゃまぜで羅列していきます。

 

 

【1月】

○EPOCH MAN「夜明け」 ひつじ座

○ゾウを撫でる 舞台挨拶

闇金ドッグス5 舞台挨拶

 

【2月】

チュートリアルの徳ダネ福キタル♪SPECIAL LIVE vol.4 豊洲pit

 

【3月】

闇金ドッグス4、5DVD発売イベント

モーニング娘。'17「BRAND NEW MORNING/ジェラシー ジェラシー」シングル発売ミニライブ ラクーア

道重さゆみ「SAYUMINGLANDOLL〜再生〜」COTTON CLUB

 

【4月】

劇団Patch「Patch stage vol.10 羽生蓮太郎」in→dependent theatre 2nd

 

【5月】

破裏拳ポリマー 舞台挨拶

○D2 LIVE〜∞年328組文化祭〜(三津谷亮ソロイベント) 表参道GROUND

 

【6月】

○ミュージカル「悪ノ娘」 あうるすぽっと

 

【7月】

なんと7月は現場がありませんでした!

亡命してた?ってレベル。

 

【8月】

○Juice=Juice SUMMER STATION テレビ朝日六本木ヒルズ夏祭り

トモダチゲーム劇場版FINAL 完成披露上映会

○ピースピット「グランギニョルサンシャイン劇場

闇金ドッグス6 初日舞台挨拶

○七味の一味旗揚げ公演「家族百景」in→dependent theatre 2nd

 

【9月】

トモダチゲーム劇場版FINAL 舞台挨拶

闇金ドッグス7 舞台挨拶

 

【10月】

あゝ、荒野 前編 初日舞台挨拶

○「ラブラブROUTE21」星空上映会 横浜

劇団Patch「Patch stage vol.11 JOURNEY〜浪花忍法帖〜」新宿シアターモリエール

闇金ドッグス6、7 DVD発売イベント

 

【11月】

○早稲田学祭2017道重さゆみトークショー「Fake me happy!〜嘘つきはシアワセのはじまり〜」

○一色洋平×小沢道成「巣穴で祈る遭難者」DVD発売イベント アトリエ第Q藝術

○イキウメ「散歩する侵略者」 シアタートラム

○DMF/ENG提携公演 vol.3「クレプト・キング」 六行会ホール

山田裕貴2nd写真集「歩」発売記念握手会

デメキン 完成披露上映会

 

【12月】

○劇団6番シード「D・ミリガンの客」 シアターKASSAI

○ミュージカル「メンフィス」 新国立劇場 中劇場

○犀の穴プロデュース「ONEDAY」 演劇スペース犀の穴

○劇団壱劇屋「五彩の神楽12月公演 荒人神」 HEP HALL

○(仮)帰ってきたな・か・いちゃんイベント 絵空箱

 

2017年お疲れ様でした!!

2018年はもっとしっかりめに観劇おたく極まりたいです。良い演劇にたくさん出会えますように!

山田裕貴さんと田中亨さんがたくさん良い作品と出会えますように!

 

【舞台】メンフィス

ご縁があって、山本耕史さんをほとんど知らないミュージカルもレミゼとサウンドオブミュージックくらいしか知らない(しかもどっちも映画のやつ)

ミュージカル観劇偏差値クソ底辺おたくが見に行ってきた率直な感想です!!!!

 

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とにかく終始たのしかっツァーーーーー!!!!!!

そもそもミュージカル偏差値が2なので音楽たのしい!ヒューイ・カルフーンちゃんかわいい!って感じ。

めちゃめちゃ天井席だったんですけど距離関係なく一体感あって、自然と全身の細胞が踊り出す~!ハッカドゥー!

人種差別がテーマだったりブロードウェイミュージカルってだけで馴染みがないとハードル高っ!ってどうしても先入観抱いちゃうし

既知のキャストさんがいないとちょっととっつきにくいかな?って思ってたけど

あれですね、私がここ数年ずっと職場でラジオを聴いてるからかもしれないですが

テレビ離れとかある中でDJ・クラブミュージックがどんどん隆盛してるこのご時勢

なんだかんだ耳から入る情報で流行をキャッチするラジオ文化が根強い日本にマッチした舞台なんじゃないかな?って思いました…

意識して聴いてなくてもラジオや街頭の音楽がなんとなく耳に残って興味を持ったり、何気ないDJのお喋りが好きになったりって働き蜂な日本人にもままあること。

DJのヒューイ自身が好きな音楽には自信を持ってるけど、音楽性が世界を変えるとかっていう頭でっかちで大それたことをしようなどと考えてはなく

俺の好きな音楽をまず聴いてくれ話はそれからだ!っていうストロングスタイルなのが最高に好き。

パンフレットを読む限り崇高で無二な作品を作ろう!みたいな価値観の押し付けがまったくなくとにかく山本耕史さん率いるカンパニーにとって

わかりやすく、最高に面白くて価値のあるものを!っていうヒューイの人間性そのものでもあり山本耕史さんその人なのかなって如実に伝わってきました。

せりと盆を一度の公演で使う演出についても「ほかに誰もやっている人がいないから」って答えてるのが

テクニカル面でどれだけ無茶なことをやらかしてるのかは置いといてとりあえずこの人面白いなって(笑)動機がシンプル。

ヒューイは確かに突拍子もないクレイジーだけど自分の愛する音楽、場所、人の自分にとっての価値をどんな時代や環境いても流されずに選べる強さがある。

そして「自分の言葉で」絶対に伝えるんだという譲れないこだわりがある。

この子が魂の音楽と出会う前を知りたいって思いながら観ていて、2幕でそれがじわじわ見えてくる。

雨のシーンで、社会と迎合できない信念の強さは同時に脆さでもあるんだなって。

例えば有名になってもフェリシアが選んでくれるスーツには価値を見出せるのに

いくら周りに説得されても葬儀屋のようなスーツはがんとして納得できない。

なんかきっと、貧しくても虐げられてもパンが無いからリズムを食べて生きていけるような子だったんだろうね。

稚拙ながら一応本題にも触れておきたいということで、1幕終わりのジェロさん演じるデルレイが妹フェリシアを暴漢から守れなかったヒューイに深く憤るシーンがやっぱり泣けて仕方なかったです。

差別問題に関心があまりなくても大切な身内を傷つけられた辛さとか痛みって想像がしやすいし。怒りではなくて、悲しみの感情がより明確に伝わってきたのが切なかった。

デルレイがヒューイに心を許しかけてたのもちゃんとわかるから憎みたくて憎んでるわけではないジレンマがそこには生まれてて。

当たり前だけど何もないところにポッと芽生えたものではなく個人にとっての深い悲しみが積み重なった産物で、だからこそ難しい問題なんだなってすんなり理解出来た。

権利・平等などの対外的なレールに沿った自由を求める黒ともっと内省的な、歴史にも個人にも束縛されない次元の自由に飢えている白。
どうやったって相容れられない本質的な違いに気づけないまま魂は惹かれあっていても離別をしてしまう。
私自身は全然人種差別問題についてわかってないけどぼんやりとそういう隔たりが両者の根源にあるのかなあと感じました。

でも月日を経たフェリシアがメンフィスの街で歌うときはヒューイがいなきゃ嫌だと言うところに確かな希望がありますよね。

フェリシアにとっては傷ついた場所でもあり、音楽と仲間に支えられた愛すべき故郷。

ヒューイにとっても初めて自分の価値を受け入れ認めてくれたメンフィスの街。

あれだけフェリシアを譲らなかったヒューイがフェリシアの見つけた幸せを知り、そこに価値を見出して静かに身を引くのも印象的でした。いけすかない奴だ、とは言われてもフィアンセが黒か白かまでははっきりと明言されない(ですよね?私が聞きそびれてるだけかも!)のがまたいいなぁって。

世界や周りの人をどんどん変えていくのに自分だけが変わることが出来ずNYの街に挑むことを恐れてしまったヒューイも、音楽の力でもう一度前に進む勇気をもらえたんだなあって感じるラストシーンでした。

なんといっても生バンドが最後に出てくるのが鳥肌!最高だァ〜〜!!!

 

いやあ本当にメンフィス観に行けてよかったです!本当にこの感動を知る機会がなかなか無いの勿体無いくらい!

なのでめちゃめちゃこの記事を含めた色んな場所で評判を流しまくって、あわよくば今度は一階席でまたメンフィスの街を味わいたいです!

【映画】「二重生活」

youtu.be

映画『二重生活』|2016年11月25日(金)Blu-ray&DVD発売 レンタルDVDも同時リリース

 

哲学というものにふれるのは高校の倫理の授業以来だけど、理論と統計・論者の深い思慮が密接に関わる学問ってあらためて面白いなという気持ち。

大学にもし行けていたらそういう勉強をしたかった。

 

主人公が秘密を解くピースを搔き集める尾行シーンは、台詞がない分やたらにでかい雑踏の音声、改札や券売機の雑音、監視カメラなどの

”画面として無機物な存在”が人間という存在を雄弁に描くのが面白かった。

ひとつひとつが舞台装置として演じているみたいに。

門脇麦ちゃん、カメラのレンズ並に無機質な目の演技が説得力ありすぎで怖いよ。

狂気的に尾行にのめり込んだ珠が人生で向き合えなかったもの=自己に論文という作品を通して泣いたり必死になって取り乱したり

他人を傷つけ家庭や生活を狂わせてまでも、生産性のない自己を変えようと情熱に突き動かされ

もがきながら筆を取るっていう滑稽さがめっちゃクリエイターのそれで心底羨ましいなとすら思った。

小説でも演劇でも映画でもなんでもいいんですけど、とにかく受け手としては

生ぬるいものじゃなくて作り手が命を削りながらとり憑かれたように破壊と創造、再構築をした傑作が観たい。

篠原先生のしていることはめちゃくちゃに悪趣味だけど気持ちはよくわかる。そんな自分も含めて創作の現場には心地のよい気味悪さが蔓延しているなと思う。

 

対象者の秘密を種明かしする部分だけが、見てればわかる事まで丁寧に説明されるのがちょっとくどかったかも。

でも篠原先生の奥さんが役者だったってとこだけは、人間ってそもそも他人から与えられた役割に沿って生かされてて

表面から見えない二重三重の部分=実態なのかなっていう核心を突かれる。

奥さんが役者として演じるもう一つの芝居がね、シェイクスピアを引用したものっていうわかりやすい皮肉も良いですよね。

 

生まれたままの姿では生きていけないからみんな人間を擬態して生きている。

鈴木くんが珠から離れていったのも、石坂さんが家庭に戻れたのも「恋人」「愛人」という役割が終わりを告げたから。

観終わったあと画面から仄かに香る、性衝動のあとの虚しさにも似た激情に

人間の表裏、陰陽、それらが交わる瞬間の二重生活という意味合いを沈思していた。

【TRUMP語シ4】少女たちを殺さずに不死か否かを確かめるについて考えてみた

 

twitter.com

 

これについて考えを巡らせた話です。

ヒントとなった鍵はこの話を聞いた末満監督の奥様が「最低だ」と仰ったとの発言。

 

 

 

 

 

 

以下、素人が思いついた仮説をダラダラ語ります

・TRUMP、LILIUM、SPECTERのネタバレ

・わりかしエグいしクズい

・LILIUMという作品およびアイドルちゃんたちの美しいイメージを損なう可能性あるので嫌悪感ある方はブラウザバック

 

 

 

 

 

おk?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結論から言うと私の考えでは

少女たちを妊娠させ、生まれた子供を殺してみる です。

この場合だとファルスがスノウを身籠らせ、生まれた子を殺すですね。

 

まぁ結果として殺してるやんってことなんですけど

「少女たち」は殺してないっすから。

SPECTERで触れた者の死を予言できるヴァンプのサトクリフが

子供(後のソフィ(ファルス))を身篭ったハリエットの死が見えないことにひどく動揺するのが、んー??ってずっと引っかかってて

たぶんあのシーンは普通にハリエットではなくてソフィの死を見た

(ソフィは後にTRUMP化するので当然死が見えない)んだろうけど

受胎から着想を得て、そういえば少女たちに飲ませる薬(ウル)って血液だよな・・・

じゃあ体液だったら別になんでもいいのでは。というかそっちの方がこうかはばつぐんなのでは。

はしたない話がしたいんじゃなくてー!単純に女脳で考えたらゾワゾワするんですよ。

TRUMP生殖能力あんのか?とか穴だらけなのは承知の上で。

ハリエットが死んだのはクラナッハが人間だからだし、受胎した命が結果的に不死だったというだけで

ファルスが少女を身篭らせたら少女もTRUMP、生まれてくる子供もTRUMPになってもおかしくないんじゃないですかねえ。

 

 

 

概ねtwitterでも多くの方が言っている通り

彼が彼ゆえに絶対気づくことができない・それを象徴するスノウとのダンスシーン

・社交ダンス=求愛・性行為?

・剣を刺すというメタファー

 

「やめてよ。今そんな気分じゃない」

「何を怖がってんだよ、もしかして男の子と踊るのは苦手?

 僕が怖いの?」

 

フゥー!なんかいみぶか?(cv:石田亜佑美)なやり取り。

twitter.com

・ファルスがファルスそのものゆえに気づけない

→少女たちに純潔を求めるがゆえに自らの手で純潔を奪うことが出来ない

このへんですかね。

 

ソフィ・アンダーソンという名前も

ソフィ(女性名、女神の名前)

→SPECTERで萬里(ソフィ)が女みたいな名前だろ?と言うシーンがある

アンダーソン(anderson アンドリューさんの息子)

なーんか男と女のハイブリッドみたいな名前ですよね。どちらでもない。

永遠の少年でいることを強いられた、姓と性のジェンダーを奪われた名前っぽいわあ。

まあ恐ろしいくらいのこじつけですんでほんっとに蛇足というかだから何なんだってハナシ。

これについて考えた繭期の民おらんのかなあー!いっぱいいそうだなあー!いたら手え挙げてなあー!!!

異論反論壁打ちなんなりと受け付けます。わたしとお話しましょ。