【推し現場と舞台観劇予定まとめ】

【暫定】(随時更新)

 
自分用メモ兼ねてます

劇団Patch「Patch stage vol.11 JOURNEY-浪花忍法帖-」
10/21マチソワ
10/22マチソワ
 
闇金ドッグス6.7イベント
10/29 1部2部3部
 
*一色洋平×小沢道成『巣穴で祈る遭難者』DVD発売記念イベント
アトリエ第Q藝術
11/5 14:00の回
 
*DMF/ENG「クレプトキング」
六行会ホール
11/18ソワレ
 
山田裕貴写真集イベント
 
【未定】
*私のホストちゃん 絶唱!大阪ミナミ編
*劇団壱劇屋 荒人神
*柿フェス
*舞台池袋ウェストゲートパーク

【舞台】七味の一味 第一回公演「家族百景」感想

4月にPatch stage vol.10「羽生蓮太郎」【舞台】劇団Patch「羽生蓮太郎」感想 - 33番書き取り帳が出ていませんにて。

それまで完全ノーマークだった劇団Patch田中亨くんに射抜かれ
彼の初客演舞台を絶対に見逃したくない!という勢いのままにチケット購入。
もちろん同劇団の吉本考志くんも宮春お父ちゃん親子共演だ〜

そういえばぱちすて以外で観るの初めてだな〜ってPatchファン的に高まりながら

8月6日日曜日、前日遅くまでレイトショーを観ていたにもかかわらずルンルンな気持ちで大阪遠征へ!


前回来たときと同じインディペ2nd。

ハブレンは円形舞台を360°観客席で挟むステージ構成だったんで
段差状になった客席で後ろを振り返って年齢層も性別も幅広い客層にこっちがドキドキ。
柿食う客でご活躍されてる女優七味まゆ味さんの初主催、しかもWSオーディションあった舞台だもんね…
客演観劇も何気に初体験なので完全に参観日の気持ち。心臓バクバク。


舞台中央には日焼けて色褪せた家族写真がペタペタ無数に貼られた壁のセット。
物語は取り壊しの決まった古い家屋からはじまります。
ぬるりと上手から現れた孫の遼(吉本考志くん)がぐるっと客席…というより
その先にある風景に視線を回し、ゆっくり眺めながら舞台と客席の間を練り歩いていく。
家族写真の前で歩を止め、部屋にあるものを懐かしみ確かめたりしていると袖から木箱を抱えた全登場人物たちが現れオープニング。

soundcloud.com

 

悪い芝居の岡田太郎氏によるテーマソングに合わせ命のつながりや遺伝子連鎖をを模したダンスで

高らかに産声をあげながら総勢32人の家族たちがエネルギッシュに、弾けるように舞う。

岡田さんの音楽は虚構の劇団・小沢道成さん主催の舞台、EPOCH MAN「鶴かもしれない」のDVDで一度聴いたことがあったのですが

エモいギターのリフが爽快でなんとなく舞台上と、ライトのまばゆさや熱量なんかに親和性が高いような気がする。好きです。

 

家族百景はまあざっくりいうと三世帯の家族のお話で。

とにかく大所帯で役も多いので配役表をもとに家系図作ってみました。記憶違いしてたらごめんちゃいまりあ。

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家訓は他にも 結婚は家族全員の承諾を得ること などいくつかありますがうろ覚えのため抜粋で。。。

前半は祖父・光郎と祖母・紅葉の半生が描かれ、宴の席で過去を振り返る形で息子の悦郎、孫の遼の出生や結婚にまつわるエピソードがあり

これまでの藤田家がこれからの藤田家につながっていくための一夜を描いたストーリー。

色分けされてるのは世帯ごと(光郎・紅葉夫妻は例外的に夫婦で2色)に衣装が配色統一されているためです。

役者さんの顔が分からなくてもああここの家族なのねって目でカテゴライズ出来るし
色は統一されてますが世代や年齢とか役ごとのパーソナリティーによって全員違う衣装になってて芸が細かい。

女性演出家ならではのこだわりだなって前方席で衣装じっくり見入っちゃいました。
特に光郎さんと紅葉さんはそれぞれ7人の役者さんが代わる代わる演じられてるのでファッション史みたいで楽しい。

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田中亨くんのブログから拝借した集合写真がわかりやすかった。壮観。

紅葉さんは演じている方みなさんお綺麗ですしトップス白ボトムス赤って縛りの中で髪型やデザインで変化をつけていておしゃれ!

個人的にはどんな舞台を観ていても使われる色について考察するのが好きで

メインキャストの光郎()と紅葉()から生まれた息子悦郎がなのとか

プロの役者になることを夢見ている孫の遼()は

音痴なのに歌手になりたいっていう無謀な夢を抱いていた祖母・紅葉の要素を

色濃く受け継いだから赤の近似色なのかなとかそんなことを考えてしまいます。

2人が7つの時代を演じ分けるのではなく、14人の夫婦が7組舞台上にいるっていう構成はけっこうキーになっていて
それこそルックスだって違うしキャリアも技量もさまざまな役者さんたちそれぞれが互いに寄せよう寄せようと気負わず
芯の部分は共有してるものがあるけれど、あえて独立した個性を出す。
自分の中の光郎像、紅葉像の表現を楽しんでいることが客席に伝わってきました。
心象風景を描くシーンでは7組全員が舞台に出てくるし時にはシーンのメインとなるキャストに

ジェスチャーでツッコミを入れたりリアクション入れてみたり、シームレスに想い想い動き回ってる光景が面白かった。

全体的な舞台の使い方と演出の仕方がマンガのコマを読んでるみたいにわかりやすくあっというまに感じて、なんでかなあと思ったときに

私、昔からドラえもんとか藤子F不二雄先生のSF短編集が好きでよく読んでたんですよね。

F先生のマンガってストーリーや設定が面白いのはもちろん少ないページ数の中でもコマの構成力・演出力が秀逸っていうのがあって、あの読後感と如実に近いものを感じた。

言っちゃえばストーリー的にはパパとママの出会いをドラえもんのび太くんが見にいく話、あれを読んでる感覚です(笑)

紅葉4が出産!光郎4走る!のコメディパートにおけるドタバタしたテンポ感、ぶっとんだオチのつけ方なんかや

悦郎とまさかのレディース上がり仁美カップルが結婚の承諾を得に光郎5・紅葉5に挨拶に行き

姉の厚子やご近所さん夫婦を巻き込んで収集がつかないままガチンコあっち向いてホイバトルになるまでのくだりなんかもすごくマンガ的。笑いました。

適当に石投げたら当たりそうな悦郎パパとチョリースな特攻服着た仁美ママ、水と油夫婦すぎて可愛いんだよお。

どこで知り合ったんだろう。カツアゲでもしてたのかな。

セカンドライフを目前にして急に紅葉6が光郎6と離婚したいと切り出すパート、あそこで常に光郎12345と紅葉12345が後ろにいて一喜一憂している光景なんかは

「自分会議」っていう短編のワンシーンを彷彿とさせられました。そっちは後味悪いお話なんですけどね。

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中盤での中村ノゾムさん美輝明希さんペアによるお芝居はセンテンス一つ一つに説得力があり、見応えがあって感情移入してしまった。

意地の悪い人に自分語りか?と言われてしまうのが嫌なのですが私という百景を語る上でどうしても切り離せない部分だし自分のブログなんで好きに書きます。

私自身、母との死別を経験しています。

何不自由なく育てられた私がキャリアウーマンだった母の持病を父から告げられたのが15歳のとき。

同時にそれが難治性(治療法はあるので難病指定ではない)でありほぼ生涯にわたって私たち家族もつきあっていかなければならないというような旨を淡々と聞かされていた。

普段忙しくろくに顔も合わせない父の言葉は正直はぁ?ってすぐには受け入れ難いものだったし

それまで与えられてきた幸せが見えない労力で成り立っていた事実を突きつけられ、進学や就職に対する不安、親に対する甘えがきかなくなることへの抵抗感など

此の期に及んで自分本位な考えしか頭に浮かばない自己嫌悪で耐えきれず毎日反抗してた父の前で久しぶりに泣きました。ギャン泣き。今も昔もプライド高いくせに精神年齢低め。

あとこの頃タバコへの憧れが半端ない時期だったんですけど、うちに灰皿がないから吸わない人だと思ってた父が気遣って外でタバコを吸ってる姿をふいに目撃して

あ、タバコって見せびらかすもんじゃないんだねダディ?ってなったら一気にどうでもよくなったんで

喫煙者っぽいとは言われますが今まで吸ったことないです。嫌煙家ってわけでもないけど今後も吸うことはない。

まあなんかそういう自身の経験もあって癌を告げられて紅葉さんに何があっても一緒に支えて生きていくって強く誓う光郎さんの覚悟がむちゃくちゃブッ刺さったんですよね。実際に私の父が最後まで弱音吐かずに闘病生活を添い遂げた鉄人なんで。

晩年。病床の紅葉7が遼と未来夫妻の粋な計らいと光郎7・悦郎・厚子ら家族みんなの協力によって行われた病院でのサプライズウェディングを心から幸せそうに見届け、今際の時に走馬灯が頭をかけめぐる場面。

少しずつ変わっていく愛の形が紅葉7の後ろに浮かんでいるのが本当に綺麗だった。

幼少期は初恋のように仲睦まじく戯れ、恋人時代と新婚時代は頷いたり笑ったりが照れ臭く。

夫婦の時代は話す顔つきや距離感だけでお互いを想い手と手取り合っている、壮年期は言葉を交わさず2人で遠くを眺めている…

愛する人との日々が四季折々にグラデーションを重ね、色づき、また春が巡って新しい命が芽吹いていく。

そんなかけがえのない人生の「百景」がそこに見えた気がします。

ラストシーンは中盤にあるワンシーンのリフレイン。

お庭にいる猫に呆けた様子で話しかけている光郎7にいつも明るく能天気な健二が

初めて「なぁ、じいちゃんってぇ…もー、こういうの嫌やなぁ…」と苦言をもらす。

しかしおじいちゃんの目には猫ではなくかつての自分と紅葉1、出会った頃の2人が映っていて光郎7もまた、一人きりになった世界で幸せな景色を思い返している。

もう一人の孫である健二という視点が入ることで老いていくこと、置いていくことを色んな角度から捉えたような切なくも優しいラストでした。

今回観劇できなかったかかづらふが全く違う角度からどこにでもある家庭環境を描く一人芝居であったように

家族百景もまたシンプルな戯曲だからこそこの大人数じゃなければ隅々まで描けなかったかもしれない。家族という普遍的な題材は多くの人にとってあらゆる観点で、あらゆる琴線にふれるので奥行きが深すぎるのだ。

ただただ観終わったあとのこの気持ちを家族と共有してみたい。そんなふうに自然に感じることが出来る時間旅行でした。

 

田中亨(光郎2)
光郎2は戦時中の日本で、恋人の紅葉と祝言をあげた直後に戦地に赴く青年時代を演じてました。
稽古中に亨くんが資料として借りてたDVD?も戦争ものだったのかな。なんにせよ、わたしのおばあちゃん大正生まれで終戦を体験したというくらいの世代なので
ずっと若い18歳の亨くんが当時のことをイメージして役作りするって考えたらすごい大変ですよね…
凛々しくて実直な青年でした。兵士としての滑舌や発声は、もちろんまだまだ荒削りでこれからの課題かなぁという部分もあったけれど。

声量についてはオープニングとエンディングのキャスト全員が一人ずつ「おぎゃー!」って叫ぶとこもマチネはタイミング合わせもあってか他のキャストさんに比べて若干控えめだったので

ん〜亨くんの声質色っぽくて好きだけどどうしてもこもってしまう、通る声じゃないからかなあ。

でももうちょっと遠慮しなくていいよ〜!初いなあ〜!って感じてたんですが

ソワレは勢いあまっておへそがみえるくらいピョーン!って来たんでかわいすぎて許しました。亨くん産まれた。
紅葉2の中村るみさんが光郎戦死の知らせを受けてわたしの初恋が終わったんです!って泣き崩れるシーンの熱演が本当に惹きつけられたので
その直後に「初恋は僕やなかったんかぁ…」って光郎さんが出てくるのちょうちょう超ーーーーッッ胸キュンでした!!!ずるい!イケメン!!!
戦死した同僚に生前渡してた遺品が出てきたので間違って伝わっただけで、実は怪我をして日本に返されてたよの光郎さん。
家族百景をシーンごとにマンガで例えるとしたら間違いなくキラキラ亨くんの光郎さん、ヒロインの魅力たっぷりなるみさんの紅葉さんは少女マンガ作画です。人生で一番美しい瞬間!
光郎さんっていつの時代も「男として」「日本兵として」「夫として」「父親として」何をすべきかみたいな概念が軸にあって
役割に縛られてるというか昔気質の日本男児の頑固さがある人だよなぁって思うので
そんな光郎さんに役割とか立場など関係なく一貫して「あなたが」生きててくれて嬉しい「あなたと」一緒に暮らしたいと寄り添ってくれる紅葉さんがいてくれてよかった。
とにもかくにも初外部客演、お疲れ様でした!観に行けてほんとに良かったです。
ノンバーバルの殺陣舞台でどこまで成長を見せてくれるか、12月の荒人神も楽しみにしてます!!

 

吉本考志(遼)

twitter.com

観劇前に稽古場見学したPatchメンバーの三好大貴くんのツイートがずっと引っかかっていた。

いや、役者としての主観だってのはわかるし仲間に発破かけてるのもわかるけどダメ出しは裏でやってくれよと。

東京から期待を胸に観にいくつもりのチケットが事前に0点役者を見せられるかもしれないリスクに置き換えられた気持ちは正直とても複雑だったし

曲がりなりにもエンタメを発信する側の人が来客のモチベーションを下げる発言をしてしまうのかという点も私にとっては疑問だった。モヤモヤした。

ただ見所のある役をもらえてるんだな、と精一杯プラスの方向に考えるしかなかった。

でもその厳しさに裏付けされた三好くんの真意は本編を観たら少なからず納得できるものだとわかった。

先述した冒頭のシーンで座組み全体を率いたたった一人で観客を引きつけなければならない重責をはじめとして

考志くんの演じる遼は誰よりも藤田家の未来を担う岐路に立たされた存在、言うなれば家族という円の最中心にいなければならない存在だった。

羽生蓮太郎を観劇したときからそろそろ現代劇で考志くんの等身大な役が見たいなぁとは言ってたんですよ。言っておったんです私。

でもこんなにも苦しいくらい現実に即したような役が彼に割り振られているとは夢にも思わないですかーあ……(涙)

結婚して子供を授かり、周りの友達は順調に出世しお金を稼いでいるのに

口では頑張っている、研鑽を積み夢を追っているんだと言いながらパチンコを打ちくだを巻き、夫として許された猶予を一時の享楽で無駄にする。

もちろん役のセリフだってわかっているし実際の考志くんがどうかなんて露ほども知らない。ただ役者という生業や劇団Patchの置かれた現状から鑑みるに
実社会に生きる彼らを応援しているからこそ介入すべきではないしそれでも想像はできる何か。
その何かを遼の口を借りて訥々と、ありったけの力でぶつけられているような気持ちになっていた。
おまけに考志くんと同い年の私にとってはあまりにも普遍的で痛くて今すぐ耳をふさぎたくすらなった。

夢を追ったなれのはてで私たち若者が大した対価も希望も失わずに生きられる、希望に縋り付いて生きるのは豊かになった時代の功罪だ。

散々我を失いわめき散らした遼にまったく動揺することもなく、いつもどおり穏やかにあっけらかんと言い放つ悦郎。

「そんなんずっとわかっとる。お前はずっとそういうお前や」

「わしなぁ癌らしいんや。そのうち死ぬから色々と準備しといてくれ」

光郎を「夫でも、父親でもなくあなた」として相対し続けた紅葉の魂が「倅でも、息子でもなくお前」として遼と接する悦郎に確かに受け継がれているんだと確信した。

遼の抱えている問題、というか父親になるための夢との別離は他でもない遼自身が乗り越えなくてはいけない壁だ。

息子だから・藤田家だからなんて柵をとっぱらった「お前」だから大丈夫だ。という言葉に涙が出た。

Patchファン的には劇中で遼の凛々しい袴姿と未来の艶やかな色打掛姿(白無垢だったかも?あやふやですすみません)が見られたのも良かった!

仕事柄ブライダルに関わってるのですが本当の挙式と遜色ないくらいのカンパニーのあたたかさが伝わってきてて…紅葉7おばあちゃん本当にうれしそうだったなぁ。

家族を喜ばせたい、来てくれた人を笑顔にしたい気持ち大切ですね。

役者さんと同じでブライダルの世界も華やかなだけではなく地道な作業の積み重ねだったりプレッシャーのある仕事だったりするんですけど

一生胸に残るシーンを作るお手伝いが出来る場を与えてもらえてるんだなってすごい、自分の仕事に対してもハッと考えさせられたり。

考志くんは自分のお芝居をパワープレイと例えてますけど、とにかく私が言えるのは遼という役とまっすぐ向き合って演じてくれてありがとうということ。

私も全然器用じゃないし勢いだけで仕事しちゃってしんどいなぁってたまには思うけど、ブライダルの世界が好きでお客様の笑顔を見るのが大好きだから

Patchのみんなにも役者の世界で頑張っていてほしいよお。そしたらこういう素敵な舞台と私たちの世界の架け橋になってくれるもの。

遼的には、光郎パパの黒歴史小説あいうえお作文に対する受けアドリブ毎回お疲れ様でした(笑)

ああ。本当にまっすぐでいい役だったなぁ。また観たい。

【舞台】劇団Patch「羽生蓮太郎」感想

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※バキバキにネタバレ

 

劇団にとって節目となる本公演。

全体の感想としては今作を以て立ち上げから5年間携わってきた作・演出の任を離れる末満さんから問われた劇団Patchとは何なのかという命題への彼らなりの、劇団員たちにとっての答えが凝縮された舞台に思えた。

第2回公演の巌窟少年では酒と煙草を禁じられた大人を拒む世界で唯一成長を受け入れようとする少年が

「俺の理想は皆で酒を飲んで煙草をふかしてどうでもいい話で一晩中語り明かすことだ」というセリフを口にするシーンがある。

その理想が第10回公演の羽生蓮太郎の舞台上で実現する劇団Patchエモすぎる。最高だ。

まだまだPatchファン若輩者の私見ですが、巌窟少年と羽生蓮太郎は時代背景や演出の方向性など差異はあれども

根本的な部分、彼らに演劇をやらせたいという末満パパの想いはとても近しい感触があったんじゃないかなあと思う。

そういえば衣装など作品全体のイメージカラーも

窟少年=青 羽生蓮太郎=朱

でなんか対みたいじゃないですか?寒色と暖色で。

前半は末満作品らしい小ネタやテンポよく進むコメディがふんだんに盛り込まれている。
ベースは言わずもがなウィリアム・シェイクスピアハムレットなのですが
シェイクスピアの特徴であるレトリック(美辞)要素を排除し純粋に物語性のみを描こうとしたという末満さんのコメントにもあるように
ぶっちゃけハムレット知らなくてもシンプルに面白い、昭和の大阪を舞台にした群像劇です。
(西でも東でもない富士山麓の僻地で生まれた私には乳首ドリルぐらいしかわからなかったんですが)新喜劇など大阪ならではの笑いも随所にあったそうで
私が観た回は納谷健くんが日替わりキャストで、車いすに乗ったおじいちゃん893の蛍原さんだったんで納谷くんの口調?イントネーション?にゲラゲラ笑ってたら
あとであれはめだかさんという人ですよ~という情報を小耳にはさんで納得。
元ネタがわかるホームの観客の人たちいいな~!なんて羨望を抱きつつも十分笑かしてもらいました。
墓地のアドリブシーンなんかは身内ネタ?中の人ネタもあったんでそこらへんの要素を長々大きな会場でやったら賛否あるかもしれないですが
小劇場という空間がうまい具合に良い作用をしていて日替わりネタをファン同士で共有している感じとかはいつものぱちすてらしさで良いなぁ~としみじみ。
そうして積み重ねてきた笑いのシーンがあるからこそ後半でハムレットという悲劇そのものの持つふり幅がズシンと響いてくるのも末満さんお得意のやつ。毎度ありがとうございます。
少年マガジンあしたのジョー、万博、月の石。
昭和を象徴する記号のような脈絡なく放り込まれた言葉たちが物語が進むにつれて大事な役割を浮かび上がらせていく。

気狂い、頭が弱いなどという言葉をストレートに使うのは時代もあるけど町の誰もがとりわけ(他者から見て)不幸な境遇、庇護対象な存在である蓮太郎、親春にあえて気を使わないことでコミュニティから爪弾きされないようにしていることの裏返し…なのかな。

差別用語と呼ばれるものが淘汰されていく世界で誰もが言葉に敏感になっても、目に見える言葉の過ちよりも腹の底が見えない迎合のほうがよっぽど悪質で不健全だと私は思う。

映画「この世界の片隅に」にも描かれていたように、戦時下という時代背景では家族、配偶者、友人、ご近所づきあいという全ての関わりが根強く

逆に言えば他者と関わらないと生きていけない時代の、そんな人との距離感がまんまハブレンの昭和の時代にも流れてるようだった。

生きていたらどないせいちゅうねん、と叫びたい日もある。

されど人生は続く。

明日が必ず来る保証なんてないのに、同じ今日が漠然と続くようにも思えるし、昨日を悔やむほどの余裕もない。

だからこそ「あしたのために」太陽の下であんじょうきばって今を生きる。

羽生蓮太郎の物語は他でもない「今の劇団Patch」に贈るそんなメッセージがあるようにすら感じた。

 

松井勇歩(羽生蓮太郎)

座長。身体能力の高さ・なにわっ子らしいパワフルさ・スポ根ど真ん中な童顔フェイス

三拍子揃った陽性主人公ポテンシャルを持っているのになぜだかふと目に宿る寂しさや底知れぬ虚空がハマる人だなぁと

「SPECTER」ヒューゴ役の時に感じた陰の雰囲気がまさに今回の人生を悲観する粗暴者、二面性のある松井本人のバランスでもって物語の主軸を担っていた。

スポ根少年だった彼が表現者となり、もがきながらも全力で演劇という壁に向き合ってきたそれまでの半生が強く役にも反映されていたようも思える。

末満さんも本人も言っているように羽生蓮太郎役は消去法で決まったらしい。

たとえそうだとしてもかつての彼は芝居に対する意識の低さから本公演の役を与えられてすらなかった。

自身の不出来を見つめ直すところからスタートした第2回公演。悔しさの中で毎日稽古場に足を運び、本番数日前急きょ務めることとなった代役に「俺が本役や!」というド根性を開花させた。

最初の最初から育ててくださった末満さんとの最後の公演。
絶対に主役をやりたかった。
一番末満さんに近い位置で芝居をしたかった。
ただただそう思ってました。

おおきにブログ!〜羽生蓮太郎〜|劇団Patchオフィシャルブログ「必死のパッチ-必死やなかったらチッパに改名-」Powered by Ameba

結果として松井くんが舞台の真ん中に座長として立ったことは消極的でも偶発的でも断じてない。

言葉通り松井勇歩にしか演じられない熱量と哀愁あるナニワのハムレット必死のパッチで演じている姿が印象的だった。

蓮太郎の内面性については一度観ただけだとかなり解釈に手こずる。理解できる部分もあるし矛盾していて全くわからない挙動もある。色んな人と語りたくなるし早く映像で確認作業したい。

ただひとついえるのはハムレットは悲劇の主人公として死んでいくけれど羽生蓮太郎は決して悲劇じゃないということ。

野犬にばりばり食い殺される蝉に想いを馳せ、漠然と抱いていた寂寞を誰とも共有できなかったり

時に人生を悲観したりする姿はあっても彼の世界にはぶっきらぼうな彼の物言いや問いかけにちゃんと道を示し手を差し伸べてくれる人たちがいる。

蓮太郎が黒男を追いかけ回して円形の板の上を所狭しと竹馬乗りこなすシーン、

音楽とか黒男のひたすら喋り続ける滑稽さで(いわゆる三好ワンダーランド)客席の誰もが笑い転げているのに

あの空間で蓮太郎だけが無機質な絶対殺すマンの目をしていてゾクッとした。

負のエネルギーを爆発させる役が似合う、というのも松井勇歩ならではかもしれない。

1日限定だった車いすのヨウイチもいい味出してました。

はけるときマジで手加減抜きにステージの段差をガガガッ!ってしたり急にブレーキしたりここぞとばかりにジャイアニズム発揮してて

納谷くん恵美須町駅くらいまで吹っ飛んでくんじゃないかと心配した。背ぇの低い子をあまりイジメないように。

 

三好大貴(羽生黒男)
原作におけるクローディアス。まーーーとにかく出鼻から清々しいヒールっぷり。
蓮太郎みたいに繊細な子でなくとも普通に20歳そこそこの微妙な年齢でオカンが自分の叔父と男女の関係匂わせるとか
お墓参りにも行けてなくて死別した実感がわかないうちにお父ちゃんって呼びなさいとか強要される実家どう考えてもハードモードだから。
黒ちゃんたちにとっては秀兄が死んで葬儀から時間が経ってても離れて暮らしてた蓮太郎にとっては違うのに
「いつまでもメソメソしとっても前に進まれへんぞ」みたいなことを言うので早々に嫌い!!!って思ってた。今すぐのれんをくぐってお帰りくださいのお気持ち。
しかも死んだ兄貴夫婦の金を無心して遊びほうけてたくせによくもまあぬけぬけと。いね〜!!
らんくんのいい意味で粘り気のあるジメッとしたお芝居がすごく役にハマってて声も厭味ったらしいし
蛍原組の片棒を担ぐシーンの胡散臭さとか小物感もめっちゃよかった。
らんくんは一癖ある役をやるとき唯一無二の存在感を放ちますよね。

彼もまた第2回公演で役がもらえなかった1人だったのに、今は他の誰よりも強烈な役者として異彩を持っている。

観た人みんな言ってるけど、放蕩者でも繁華街に出れば声をかけられたりホルモン屋でも常連客からギャンブル癖を呆れられてはいても煙たがられてるわけではなさそうなので
根っからの悪人でもないんだろうなって気はする。
下心があったとはいえ、オトンが亡くなって息子も葬儀に現れてくれなくて傷心だっただろう頑子ちゃんを支えたのは黒ちゃんだもんね。クズだけど。
三好ワンダーランドはあんだけ動き回りながらよく噛まずに息を切らさずにセリフ喋り続けられるなーって単純に感動したし1期生らしくツッコミとかズンドコ節とかもうとにかく芸達者。
とかくヘタレなチンピラだったけど頑子ちゃんの男気に心を改めて永く連れ添ってほしいと思う…クズだけど。

 

岩崎真吾(羽生頑子)
最初は真吾くん女性役ってどうなんだろ~中性的な感じなのかな…と思ってたんですが頑子ちゃん、もんのすごいイイ女でした。
それはビジュアルがどうとか表面的な話ではなく、身のこなしや振る舞いももちろん本人が研究して演じたんだろうけどなによりも体現していたのは女性の強さや逞しさ。
女だてらに居酒屋を切り盛りする姿はオカン!っていう人情にあふれているし真吾くんの微笑んだ目が圧倒的に良い。お客さんを見つめる眼差し。
私は昭和生まれでも大阪育ちでもないけど大の大人が夕方から呑んだくれるような漁師町育ちで。
バイトしてた居酒屋には漁師とか商店のおっちゃんばっかり寄合いに来てママにあーでもないこーでもないと調子のいいことばっかり
「俺らこの店じゃないとかんだやぁ」「そんなり比べるほどあらすかえ!」なんて会話が聞こえてくる。
多分いつの時代も男社会の片隅で必要とされる女性像みたいなものを自然体で演じてる真吾くん自身の内面の美しさがとっても魅力的。
居酒屋のママって店で揉め事や悪い空気が流れても大抵はどんと構えてやり過ごすし、口は悪くてあけすけに見えても客商売だから私情を簡単には顔に出さないあの感じがものすごく伝わってきてなんだか懐かしかった。
きっと生活を守るためや蓮太郎に苦労をかけさせないために働いてて母親としては繊細な蓮太郎の内面に気付けなかったところはあったのかもしれないし、なんでも受け入れてしまう包容力が逆に息子と行違う部分もあったのかなって思うと切なくなる。
蓮太郎の奇行を心配した親春に頑子ちゃんが「お父ちゃんが死んでしまったショックで蓮太郎は少しおかしなってるけど親春が仲良うしてくれたらきっと元に戻るとおばちゃん思うんや」と語りかける優しい口調が大好きです。
親春は巌窟少年のマシマシを思い起こさせる、という感想をちらほら散見しているので
頭が弱くて親に捨てられてしまったマシマシの一生を生きた岩崎真吾くんがまるで実の母親のように、慈愛に満ちた表情で親春を見つめている光景はすごく尊い。真吾くんのイメージするオカンなのかなあ。
ちょっと生き方が不思議でびっくりするくらい天然で、芝居の段取りを覚えられず怒られてはあて書きに近い役を与えられてた真吾くん。
でも末満さんからこの役を与えられたことが劇団員の心の揺らぎに誰よりも寄り添う優しさはそのままに、役者としても人間としても真吾くんがこの5年間で変わったんだということの証明だと私は思います。
個人的に磯ミュ終演後ロビーで真吾くんに「マシマシが大好きなのでいつか巌窟再演してほしいです」と声かけしたらあの朗らかな笑顔で「わーまじすか!僕もいつかやりたいです!」と答えてくれたのが記憶に残ってます。
ハブレンが最後の舞台になってかなわなくなってしまったのはすごく惜しいけれど

新しい人生を変わらぬ感性と愛される人柄で生きていてほしいです。お疲れさまでした!

 

吉本考志(歩野宮春)

無精ひげにしゃがれ声、ぼてっとしたフォルムで今期のデニーロアプローチ賞は満場一致で吉本くんに決定です!

見るからに定職つかず昼から大酒飲んでそう 〜!

吉本くんがホルモン屋のシーンにいるだけで5人分ぐらい昭和の空気を纏ってたよ。拍手〜!

吉本くんを最初に観たのが「SPECTER」バルトロメ役だったということもあってなのか私の回路がポンコツなのかちょっとわかんないですが最近ようやく顔認識が安定してきた。
っていうかめちゃくちゃ整った顔なのにいつもキャラクターが濃い。そんくらい役によって変幻自在なお顔立ちだと思ってます。
ハブレンを観劇したころ、そろそろストプレで吉本くんの等身大な役が観てみたいな~なんて思ってたら今年の夏に七味の一味「家族百景」でがっつり実年齢に近い青年の役が観れました!よかったね私。
宮春も基本マダオなんですけど、家計は切羽詰まってそうなわりにすごくどっしり構えてて定春・親春だけじゃなくて蓮太郎や昌ちゃんたちへの接し方も舞台全体を見守るお父ちゃんって感じで良かった。
定は母親に似たんや~みたいなこと言ってますがやっぱり歩野家はこの人がいてあのやわらかい家系の血が流れてるんだなあってビンビンに伝わってきますよね。
蓮太郎がダークサイドに落ちてしまう紙一重のラインを救うのが親友の黒ちゃんをかばって刺される宮春だし、お通夜での「またホルモン食いに行く」て一言が本当に救いだなって思います。
伏せってしまった親春を案じた「はよ大人になり」という言葉は少なからず未来を切望する親心があったのに…親春はそれを望まなかった。切ない。
末満さんの作品で優しいって言われる人は必ず何かを失うので今回もあぁ…って、でもそれゆえに愛おしい歩野家が大好きになりました。
吉本くんの大学生?っていうノリのtwitterとかもうちょっと芸能人然としていいよ!って節はなくもないんですけど(笑)でもそういういい意味.普通の感性を失わずにお芝居と真っ向から向き合う雑草魂が好きです。

上手い表現できないですけど彼という柔軟な個性がいることがPatchが「劇団」としてどう今後展開していくのか、背負ってきた5年間を壊さずにやっていけるのかの間口を広げてくれる役者さんになると期待してます。
お顔キラキラしてるし殺陣もむちゃくちゃ上手いのに血の通ったお芝居のギャップがいいから我が道を突き進んでね。

 

星璃(歩野定春)
とにかく女子が心臓鷲掴まれるイケメンだった。いちいちカッコイイ星のもとに生まれてる。
どうしてイケメンなのかっていうと常に守る人の背中なんですよね。
良い人だけどちょっとばかしうだつのあがらない親父と愛おしいけどおつむはよろしくない弟っていう境遇に生まれて、ずーっと長男として家族を守らなくてはっていうのが定春にいやんの第一優先順位としてあったはずで
なんかもうきっと人生のほとんどを家族のためにお兄ちゃん頑張ってきたのに実の兄より羽生くん羽生くんって弟に言われたらそら内心面白くないだろうし納得いかないけどやっぱり親春を優先させてきて

いつまでも赤子のようにいてほしいと周りから寵愛を受ける弟と否が応でも早く大人にならざるをえなかった兄の悲哀だと捉えるとしんどい。
そうやって肩ひじ張って生きてきた人が自分の友達にオトン刺されて傾がないわけがないし、しまいには弟まで失う悲劇の中で第一声が「やっぱりあいつは疫病神や」って。
もうその一言が定春という男よ…本当は誰よりも自分自身を責めてるはずなのにとっさに出てくる言葉が強がりって。崩れそうな自分を守るために。
それらがあってお通夜で初めて彼は疫病神に弱音をボロボロと吐露するわけですよ。
途方もない無力さに腹が立ってもうどうしていいかわからなくなってすがるように俺を殴れって言う。
張りつめてきた彼の糸がぐちゃぐちゃに絡まってしまう瞬間の涙にナオンはいちころなわけです。
「何しにきたん?」ってところから「いけずすんなや…」のくだりまで位置的に星璃くんのずっと背中と声だけの演技しか見えなかったのに表情を見なくても憎しみ、やり切れなさ、寂しさ、緊張と緩和と
いろんな感情が繊細に伝わってきて本当にずっと親春はこの背中に幸せを約束されて生まれてきたんだなあって泣きながら観てました。
あいつは、親春は死んだんじゃなくてまだどっかに隠れとんちゃうかって泣いてるお兄やんに
きっと二人の一番近くで、スパーリングしてる間じゅうずっと「あしたのジョーや!」ってニコニコ笑いながら羨ましそうに見つめてるだろう親春が頭に浮かんでたよ!って言ってあげたい。
初見のSPECTERで星璃くん吉本くんが中心になって小道具制作を担当してるって知ったときびっくりしたんですよね。お芝居を観るのは好きでしたけどそもそも劇団っていう組織や裏側になじみがなかったんで。
Patchメンバーもナベプロの若手ってイメージでいたのでお手伝い程度ならわかるけど役者もやりつつそんながっつり?
下積みってやつかもしれないけどそれスタッフさんのお仕事じゃない?なんならその時間を稽古にあてれるのに…とかマイナスな見方をしてしまうくらい。
でもPatchステージをいくつか観ていく中で星璃くんをはじめとしてメンバーたち全員が制作を含めたスタッフとして舞台を作り上げることで目のいき届く範囲が広がって細かな部分まで作品に愛情を注げるんだなっていうのがわかったのでこれが劇団Patchイズムなのかなって思いなおすようになりました。
星璃くんに関してはそれが顕著で手先が職人レベルに器用ってのもあるしたぶん彼の繊細な性格そのものな気がする。
磯ミュとかめちゃめちゃ小道具多かったけどセット一つ小物一つに愛着を持って大切に演じてる人が舞台に立ってるの観ていてすごく気持ちがいいですよね。星璃くん年下なんですけど、自分のお仕事とかで星璃くんの精神性の高さを見習わなきゃいけないなって思ってます(笑)
見るたびにガラリと印象が変わっていろんな可能性を見せてくれる万華鏡みたいな星璃くんのお芝居。東京の外部舞台も観に行けるように私もお仕事頑張る~!

 

田中亨(歩野親春)

まず間違いなく今回のダークホース。観劇前に流れて来る感想をチラ見する限り「限りなく田中亨くんの役で死ぬ」って予言はしてたんです。
TRUMPのアレン、有毒少年、巌窟少年のマシマシとほんっとうに無垢がゆえに危うい少年に弱いのです。地雷。

ま~~~~~~今回も夜空に手を伸ばす少年にまんまとやられました。敗北です。

「いけずせんといて!」

「はぶくん居れへんなら万博いかへんよ。」

などなどとにかく可愛い親春はキラーフレーズのオンパレード。怒っても拗ねても甘えても可愛い!全部可愛すぎる!

田中くんの声色はおぼこいお顔から想像もつかないほど低く、ずっしりした響きなのに全く気にならないくらい可愛いが振り切れている。

蓮太郎が影を携えた存在であるならば、親春は底抜けに眩い光。

それこそ月のように強ければ強いほど星々を明るく照らすし、色濃く闇を浮かび上がらせる存在。

そんな親春が「ぼく大人になられへん」と呟く一言はとてつもなく重くて悲しくって、

その真意はきっと彼自身にしかわからないけれどたった一瞬のあの台詞だけが新月のように翳って見え色気にハッとさせられた。

もしかしたらあの悟った表情こそが少年期の終わりだったのかもしれない。

それでも親春は「おもろない」大人の世界から背を向ける。代わりに、月に手を伸ばし走り出す。

たとえ原典のヒロイン像とは違い少年であっても、愛に生き狂おしいほどハムレットを希う姿は間違いなく羽生蓮太郎という戯曲におけるオフィーリアで。

月に手が届いた瞬間の少女のような少年のような、嘘みたいに無垢な瞳。

ドンデン返しとかではないけども末満作品でありがちな「脳天から鈍器で殴られる衝撃」が自分的にはこの欄干のシーンに集約されてた。

息を呑むほどの美しさに軽く脳しんとう起こしそうな、それくらい田中亨が演じる「オフィーリアの死」は劇場を掌握してました。

暗転時に床に点々と散りばめられた非常灯のライトが、幻想的な音楽と相まってプラネタリウムみたいで綺麗だったという感想を事前に読んでいたので、目の前にその光景が浮かんだとたんぶわぁーって涙が止まらなくなった。嗚咽。

すごい個人的に、大好きなゴイステ(銀杏BOYZ)の「夜王子と月の姫」っていう歌が親春にハマると思ってるのでぜひ聴いてみてほしい。歌詞に宮沢賢治とかくれんぼが出てくるし。

 

世界の終わり来ても僕らは離ればなれじゃない

世界の終わり来てもきっと君を迎えにゆくよ

君が星こそかなしけれ 君が星こそかなしけれ

夜王子と月の姫 - GOING STEADY - 歌詞 : 歌ネット

 

大楽後のブログで田中くんは

でも自分的に歩野親春は今の僕に合っていた、ハマリ役だったなぁと思います。
5年10年と経つと演じられないんだろうなぁとも思いました。。

だからこそ、これからの僕は「ハマリ役だけじゃなくどんな役でも演じれるんだぞ」ってところを見せていけたらなと思います。

【田中亨】羽生蓮太郎|劇団Patchオフィシャルブログ「必死のパッチ-必死やなかったらチッパに改名-」Powered by Ameba

こんなふうに語っていて。

正直、観た人みんなが抱きそうな「あの物語のあの役が出来るのは他のPatchメンバーでも5年後10年後の田中亨でもなく

今、この時の田中亨しかいないだろう」という刹那の感情を本人がきちんと俯瞰し言葉にしている事実に改めて胸を打たれました。

役者としてはまだまだプレーンで経験も浅く、役の評価に慢心してはいけないということ、得た期待や注目は糧にしなくてはいけないということを

若いのにちゃんと自分の言葉で表現出来るある種の冷静さは役者としてすごく成長していけるんだろうな…と思うと同時に

役者さんの資質や実年齢とバッチリハマった舞台と出会えることもこのうえなく幸せなことだし

だからこそ役者さんを通してしか観客は役に会えないことも私はひとえに演劇だなあと感じるのです。

その日観れなかったら二度と同じ人には出会えないという密度の濃い偶然を最たる形で見せてくれるような役が歩野親春だとも感じました。

短命な蛍のように浮世をさまよい、いなくなってしまった男の子。

願わくばこれから見守りたい度ナンバーワン俳優の田中亨くんがたくさん経験を積んでも、根っこの部分で歩野親春がかくれんぼして一緒に歩んでくれたらいいなぁと勝手にワガママに念を送りたいと思います。

ま~色々言いましたがなんだかんだで全部かっさらうインパクトを残したのが小指のテツ

それまでの亨くんの模範的な、なんとな〜くグランプリなのに目立つ機会がないなあというイメージを覆すキャラクターが爆誕しましたね。おめでとう。

「小指のテツや!」と言われて即座に小指を立てるあの瞬発力、日替わりの蛍原さんや無茶ぶりのアドリブでクロちゃんがどんなに笑いを取っても無表情。

普段のツイートとかアップする画像からたまにすごいシュールなんで絶対にまだ引き出しあるでしょ大阪人。秘めたるコメディセンスにも期待。

 

藤戸佑飛(布袋昌吾)
誰がどう見てもキャラ得部門でお馴染みの藤戸くん、ぱちすて的にはサヤーテの圧倒的イメージを覆す大健闘だったんではないでしょうか!
松井・藤戸といえばホストちゃんの柑橘コンビが記憶に新しかったと思うんですけどいかんせん彼の外部舞台を全く観れてなかったため
知らぬ間に松井くんとの信頼関係やコンビネーション芸が確立されててなんだかほっこり。蛇足ですがホストちゃん観に行ったお友達が蜜柑ちゃん可愛い可愛い言ってました(ご報告)
初舞台がサヤーテで強烈なインパクトを残したんでストプレであれを塗り替える演技を求められるの相当ハードル高かったと思うんですけど
なんていうか彼、立ち回りがものすごく器用ですよね。サヤーテがエアブレイカーだったぶん意外って言ったらあれですけど全体のバランスをよく保っててびっくり。
柑橘コンビのそれがなくても暴走がちな蓮太郎を支えるバランサーポジション資質的にピッタリでは?って感心しました。
昌ちゃんの自分の気持ちおかまいなしで、常に誰かのために悩んだり動いたりしているところが好き!墓地シーンでビビり倒してるのを抜きにしてもね。
若干めんどくさいし誤解されやすい蓮太郎にとっても昌ちゃんに救われてそうな部分大きいし昌ちゃんにとっても頼られてまんざらでもなさそうなのが男の子の友情って感じ。
自分はハムレットなんだと項垂れる蓮太郎に昌ちゃんが弱弱しくもきっぱりと「お前とハムレットは違うよ」と口にした後にもう一度似たようなくだりがあって「(お前がハムレットなら)俺はホレイショーや」って言いなおすのが覚悟というか自分に言い聞かせるみたいなニュアンスもあってよかったです。
「あんじょうきばっていかなあかんな」「月まで届いたらええなあ」っていう彼の台詞で物語の幕が下りるのもすごーく重要な役割ですよね。やっぱりもう一度映像で観たい!
ちょーっと感情が高ぶったとき早口が気になるかな?ってとこありますけど肩の力が抜けて場慣れしてったら4期生で納谷くんに次いで安定感ある子になりそう。
多少声張ってても藤戸くん声が良いから聞きやすいんですよね、芸人さんみたいな感じ。芸人さんたいがい歌うまいからね。(?)

今絶賛公演してるジャー忍でも何やらうまみありげな濃いくノ一(寿ちゃん)を演じているもよう。東京公演が楽しみ~!
藤戸くんは制服が許されるうちにごくせんとかGTOみたいな学園ドラマに出てほしさある。見た目がキャッチ-だから映像映えると思うし人気出そうな気がするんですよねえ…あと制服着てほしいっていう私欲です。村川マネお願いします。

 

有馬純(尾瀬倉友之助)
有馬くんを磯ミュで観たときすっごく印象に残ったのがサヤーテカーニバル。
観劇おばさんやりながら副業でドルヲタ(ハロプロヲタ)を兼任してるのでよくアイドルを観察しているんですが
有馬くんがダンサーとして南蛮衣装で笑顔を振りまいている姿が目を引いてファンサービスさながらにお客さんの方にもバッチリ視線を向けて表情作っててア、アイドルがまぎれとる~!!!ってなりました。
あえて誤解を恐れずいうならジャニ○ーズ的な、堂々としたステージング!自分がどう見られてるかわかっとる~!!!あざとい。可愛い。
スノウやるとキスマイのたまもりくんにめっちゃ似てるもんね。それは関係ないけど。
お芝居の面でそんなに前に出る子ではないというかまだ自分の色を出せてはない、自信なさげなイメージだったのでまさかのミュージカルで度肝抜かされた。
今作の尾瀬倉くんもけして前に前になキャラクターではないけど、桐志田くんとのコンビプレイでアイドル的な華を添えていました。お小遣いあげたい。
ていうか有馬くんも尾形くんもすらっと背が高くて小顔で2人の間だけ西洋のおぼっちゃんな空気が漂っている…スタイリッシュコンビ。
実際のハムレットの戯曲を演じる劇中劇シーンはがらっと豹変していたなぁ。
なんか2.5次元とも2次元ともまた違う、浮世離れした中世のオーラをかもし出せるのは新発見だったです。欲を言えば彼も含めて巌窟少年再演が見たかった。
有馬くんのように無二な雰囲気と女性的な感性を持った子が自分の魅せ方をわかっているっていうのはかなり武器になったと思うし、まだまだ若く違う役柄もたくさん観てみたかったのですが
Patchでもしかしたら立ち位置に悩む部分もあったのかもしれないし。個人的には彼には自分を表現する仕事してほしいけどまぁそこに固執しなくても何かしら世渡りしていけそうな愛嬌があるので
山田くんのアカウントで生存確認出来ればとりあえず今は呼吸してるだけオールオッケーなんでおちんぎん振り込ませてください。

 

尾形大悟(桐志田興喜)
オゼキリコンビの片割れ。この子もホントに手足が長くてフォトジェニック~!
尾形くんは前髪をおろしてるとシュっとした和っぽい美人なんですけど意外と濃い(本人談)眉毛をだすと通った鼻筋にアーモンド形のおめめがヨーロピアンテイスト。見れば見るほど不思議なお顔です。
メイク映えするし夏のお仕事に抜擢されたのもなんだか納得がいきますね。来年も出てね。
磯ミュに続いてでっかいわりに飛び道具ポジションがハマるのは岩崎くんの系譜でしょうか。
やられ役がカワイイっていうのは最高以外に申し上げようがないんですがやっぱり尾形くんもハムレットの劇中劇で声色を変化させて入りきってたのが印象的。
尾形くんって明るくて天然で、みたいな部分がフィーチャーされがちですけど彼自身からにじみ出てるアンニュイな感じがおや…?ってなるので
幸せになってほしさと常に闇抱えててほしさの両方をくすぐってくる子なんですけどわかります?伝われ。
ハムレットを演じるシーンでちょっとその片鱗垣間見えた感じあったんでバチコーンとハマる役があれば起爆剤としてのポテンシャルありそうなんだよな。
たぶん彼めっちゃ繊細だし。村川くんみたいな感じだと思う。知らんけど。
なんかオシャレバンドのMVにめっちゃ出ててほしいよ私は。下北認知度高しみたいな。感ピエのMVにおける田中真琴ちゃんみたいなポジション狙っていこう。

ネット担当広報担当だった山田の席が空いた今、世はまさにSNS時代をひとつなぎの大秘宝していくのはPatchの最終兵器である君しかいない。手始めにインスタとかやってみよう。

 

山田知弘(羽生秀太郎)
キャスト発表された段階で山田、先代国王の役!?想像がつかん!責任重大じゃない!?
とそんな杞憂も風速5000000000000000kmで吹き飛ばされるようなコントのおじちゃんでした。ベッタベタの。
一升瓶片手に禿ちゃびんで腹巻って。一升瓶零れてるし。無茶苦茶か。
出てきただけで笑いをかっさらいながらも物語の起点となる重要なシーンでもあるのでシリアスとコメディが混濁しててさじ加減が難しかったと思う。
山田独特の鼻にかかった声で「おとうちゃんのことすきか~!?」って何度か息子に確認してたところがなんとも愛らしかった。
息子も息子で「好きとか嫌いとかわからん…悲しかった」って素直じゃないんか~!
黒男は許さんけどお母ちゃんのことは許す、ってら少なからず罪悪感とか苦労をかけさせた自覚はあったんですよね秀ちゃん。許すってなんか上から目線が鼻につくけど(笑)
本役以外にも常連客とか墓石とかで山田っぽさを消したり匂わせたりして馴染んでたけど
本公演後のブログでまだまだ意欲がありそうな感じだったから期待してたのに色々あって最後の公演で演じた役がハゲのおじさんって、山田ここに極まれりって感じですね。
でもなんだかんだで人に愛されイジラれ末満さんからも山田はな~って感じでオチに使われるキャラっぽくて良い役だったよ!!
ツイッターも元気にやってるみたいだしこちら側の活動でもご健勝を祈ります。同業者としてハロプロ現場も歓待しますよ。

 

納谷健(蛍原康)※日替わり出演
おじいちゃんの回でした。磯ミュ再演の方は観に行けなかったので生の納谷くんを観るのは初めてで
キャスパレ?オープニング?のあいさつのキラッキラしたオーラとモブ役の渋みのある色気を放つ姿で「これが噂の納谷健か…(生唾)」という感じでした。おモテ遊ばすわ。
背は小ちゃいのに端正な顔立ちとあの低いのに特徴的な声質(ちょっとD2山田陳内みある)と、
スリムだけど筋肉質な体格と色々矛盾が生じてる奇跡の総合バランスが「ずるい」の集合体ですね。
普段喋ってるときの納谷くんの語尾が上がる口調とか声ちょっとあかんくらいえっちぃと思うんですけど
車いすに乗ったおじいちゃんがなんかズルいイントネーションで組長やってました。思てたんと違う!
「やれ。」のトーンが冷淡で最高にツボでした。今度はがっつりジャー忍で観れるのでわくわく。


とにかくジャー忍を観劇する前にハブレンの感想まとめたかったんで駆け足で、かつひとりひとりに真剣に向き合って愛を注いで書きたかったので時間も文字数もかかっちゃいましたがこんな感じです!
もちろん手放しで素晴らしかった!文句ない舞台だった!ということでもなく
客演なし、凝ったセットや演出なしの素舞台で役者として演技力だけで勝負な感じだったんで
末満さんの脚本ありきかもしれないしまだまだ力足らずな部分も見えてた印象もありますが
私が観れたのは一公演だけでしたし時間も経ってましたが役ひとりひとりに対する思いが浮かんできたので私の中でもちゃんと生きてるんだな~って気持ちで書ききれたのがすべてです。
ホントは竹下くん、中山くん、近藤くんの日替わりも観たかったよ~!!
井上たくちゃんも声の出演だけでも出てくれて仲間を感じた。中山くんがパンフに書いてた言葉、オタクも同じ気持ちだよ~!!
もしかしたらハブレン未履修な方がこのブログ読んでくださってたら嬉しいですし絶対観てほしいんで
事務所chanははやく円盤たのむ~!地の果てまで円盤クレクレおばさんするよ~!

グランギニョル覚書「キキ・ワトソンという少女」【TRUMP語シ4】

とり‐こ【▽虜/俘=虜/×擒】

1 生け捕りにした敵。捕虜。
2 あることに心を奪われること。また、そのような人。
 
SPECTER・そして今回のグランギニョルがシリーズの中でも特に「親」いう存在を色濃く描いた物語である中で、子供の物語である葛藤やイニシエーションもしっかりと輪郭が描かれているのが印象的だった。
今回繭期の代表としてあらわれるオズ・キキ・アンリの3人は繭期少年少女誘拐事件の被害者であり、不老不死の研究をしているバルラハによって人体実験を受けていた。繭期の症状を持続・促進させる秘薬コクーンを投与されイニシアチブの可能性を探る研究によって実験台にされたいわば「イニシアチブの虜」の子供たちである。
LILIUMがきっかけでこの世界にのめり込んだ私にとっては見覚えのある純白の衣装でひときわ繭期による猟奇的な笑顔を浮かべたキキ・ワトソンの「みーんな愛してあげる!」という言葉を聞いた瞬間悲鳴をあげそうになりとっさに息を呑んだ。
キキ役の田村芽実が前作で演じたマリーゴールドはダンピール差別によって「みんな大嫌い」「誰にも愛されちゃいけないし誰も愛しちゃいけない」と永劫の孤独を根強く自らに課した少女だった。
繭期が患者の精神状態を著しく助長させる、いわば”拗らせる”症状ならば
キキの中には潜在的に「人を愛したい」気持ちが強くあるということだ。
人を愛したくてたまらない。それは愛されたいという願望でもあるかもしれないし、愛を共有できずに生きてきた孤独感があったからなのかもしれない。
誘拐された被害児童であるということ以外本編では語られないので彼らのバックボーンは想像の域を出ないが
オズもまた、言葉を選ばずにいえば自閉症発達障害児を連想させる身体の動きから
繭期による情緒不安や多重イニシアチブ支配によって引き起こされた予知能力を持つ以前より、成長過程で自責の念に苛まれる遠因があったのかもしれない。
アンリは悪魔の数列である666人ものイニシアチブによって繭期の間だけ不死(不老ではない)の体を手に入れたことで強い自殺願望を抱いてしまったのかと思ったが
やはり「今日は生きていて一番死にたい日だ」という台詞やひいては「ファルス」というシリーズ履修者が呼吸不全になりそうなワードを口にすることで
彼は後のファルス、つまりソフィ・アンダーソンと同じく永遠を望まない少年だったことが明らかになる。
望まずして手にした不死の生。
予言したくないのに見えてしまう他人の死。
不安定な繭のゆりかごで泣いている2人を包み込むキキの慈愛はまるで聖母のようだった。
孤独な夜が紛れるように歌ってとキキにせがむ子守唄。
キキの知っている曲ならなんでもいいと言っていたことから「繭期の子守唄」そのものがもしかしたらヴァンプ世界において「庭師の物語」のように童謡として歌い継がれ、遠い昔にキキ自身が誰かに歌ってもらって、愛された日の記憶をなぞりながら歌ったのかもしれないなあと想像して泣いた。
本当にこの独唱シーンだけは…フラットに役として見ようとしてもどうしてもスマイレージオーデ時代から田村芽実を見守ってきたおたくとして感情を上乗せするなってほうが無理ゲー。
前作LILIUMではマリーゴールドを演じるにあたり末満さんから「本田美奈子.さんのミス・サイゴンを見て研究して」との演出を受けてまさに「命をあげよう」のシーンと重なるような熱唱を見せ、実際に舞台で本田美奈子.さんの生涯を演じたことで経験を積んだ田村芽実が3年越しにサンシャイン劇場に戻ってきて歌うというドラマが感慨深すぎてもう泣かないと決めていたけど無理of無理。奇跡乾杯。

 

めいめいが敬愛する本田さんのミス・サイゴンも母親の物語なんですね…輪廻が繋がる…
そんな大切な家族との惜別によって何があってももう泣かないときめた彼女が涙を流した瞬間、あまりにもあっけなくキキの少女期は終わりを告げる。
オズの予言通り永遠の少女でなくなったキキは愛することが出来る人と生涯を共にし子孫を残すこととなり
遠い未来の少女はマリーゴールドと呼ばれるようになる。
美しく悲しく咲いた少女もいずれ自らの愛によって焦がされて朽ちていく。
「永遠に咲く花はない。だからこそ美しい」ともオズが言っていたから。
イニシアチブによってかつて囚われていた少女から、花言葉に絶望・予言・そして「変わらぬ愛」を持った少女に受け継がれていく呪いでもありはたまた希望なのかもしれない。

【映画】ぼくは明日、昨日のきみとデートする

 

youtu.be

【追記】
公式からすばらしい動画がアップされていたので加筆します。
3分半でわかるぼく明日って感じですご査収ください。
推しも映っています。ありがたや。

 

以下、 感想とも呼べない雑感など思いついたら追記していきます。

線路と色彩


まだ垢抜けない印象のタカトシが身につけている
ライトブルーのデニム×黄みよりのグレイッシュカラーのマフラーはコンプレックス配色。

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ナチュラル配色と対になる自然光にはない配色で「違和感」ともとれる
非常に人目を惹きやすく印象的な色使い。
エミに出会った頃のタカトシに相当する、どことなく野暮ったい印象の服装。
エミとの時間を過ごし、知ってしまった「交わることのない未来」の全てを受け入れ
一日一日を大切にすると決心した鴨川デートの日にも同じ配色の服を着ている。

 

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彼女によって変化したタカトシの内面性とも重なるコーディネートは
見違えるほど精悍で、落ち着いた印象になっている。

今回、福士くんをやぼったくして、どんどんかっこ良くなる様子を
グラデーションで描けたら面白いなと思いました
映画『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』オフィシャルサイト


また、エンドロールに映し出される線路もまた類似の色相に見えてくる。

youtu.be


かけがえのない30日を過ごす二人にとって最初で、最後となった場所である駅。
自然の背景の中で生まれる不調和。
線路を舞い落ちてくる粉雪は、エミの真っ白な服装とも重なりませんか。

エミの服装については三木監督のこんなツイも。

気づいてもらえて嬉しいです。愛美の衣装の色合いは映画の流れに合わせて、最初は高寿から見てイノセントでまだつかみどころのない白から、徐々に色や柄が増えていくグラデーションを意識しました。
— 三木孝浩 (@TAKAHIROMIKI) 2016年12月25日

 
いやもう…泣くじゃんこれは…
だって、エミから見たら…

ハッピーエンド - back number - 歌詞 : 歌ネット

まんまなんだもん。
ちなみに個人的にはタカトシくんの最後の日のダッフルが好き。

 2人の出会いにこめられた意味

 

映画を観ていてタカトシとエミの過ごす30日間が「3月」であることや
意味深に映し出される日付が3.11から3.12に変わる瞬間。
5歳の時”水難”事故に遭うタカトシと”ガス爆発”事故に巻き込まれるエミ。
これらのキーワードからうっすらと震災を暗示しているのかな、という想像をしたら
原作を読んでみて納得。タカトシは大震災によって崩れた瓦礫の中からエミに命を救われたという描写があった。
制作側の配慮かもしれないですが、宝ヶ池公園が生かされる設定になってた。
原作との相違点で言えばエミの手帳には文末に意味深な★印がついていたという部分も。
未来から遡ってくるエミは初めて手をつなぐ日、初キスの日、結ばれる日などの出来事を
はっきりとは書かないがメモしていた。つまり、最初から分かっていながらも
万が一見られてもよい記号で予定調和となるように動いていたことに

タカトシが気づいてしまい、憤りをぶつけるガーデンミュージアムでのシーンに繋がるという。
ここの心の動きは原作を読んだことで映画で観たときの「一緒にいるのが辛い」がより複雑な心境からきていたのがわかりやすかったです。

あと、関係ないけど京都って橋が多いんですね。
三木監督が意識的に円を想起させる光景を取り入れた(コインランドリー、メリーゴーランドなど)というお話もあるし
待ち合わせたり、手を繋いだり、傷つけてしまったり恋人らしい情景を映すのが
何かと橋の上っていうロケーションもなんか不安定な2人の関係性を象徴してて好きだな〜
天の川じゃないけど、違う世界に住んでるから
橋の上でしか会えない織姫と彦星みたいなね。
千と千尋の神隠しなんかでも、橋を境界線として現世と異世界(湯屋)がつながってる
みたいな仏教的価値観の意味合いでも象徴されるものですし、ね。
推しが映ってる美大のシーンは兄の母校がロケ地だったのでなんとなくそわそわした。
カートゥーン学科ではないけど。 

カメラ映りが神がかりすぎた福士蒼汰小松菜奈

エミは自分にしかわからない別れへのカウントダウンに差し掛かり始めた
「初めて名前を呼ぶ」日に、タカトシの髪の毛を切ってあげる。
タカトシは最後の日(エミにとっては最初の日)にエミの絵を描き残して未来(過去)へ託す。
相手への愛情を自分のできる一番の方法で刻む行為であり、不可抗力の時間に抗うためでもある。
別れを意識したお互いのタイミングが本当にいじらしくって泣けてしまいました。
写真や箱などには時空の相違によるタイムパラドックスが起きないことを知ってるから。
エミもまた、過去のタカトシ(25歳)から聞いたものとは別の手帳に
被写体となりながらより記憶が鮮明なタカトシが語る30日間の詳細を書き記していく。
「明日」という未来へ希望を託すように。

自分がしてあげられる最良の手段で相手への想いを形に残すって

それ自体がもう素晴らしいし、なんかもう作品の透明感そのものが純度高すぎて

元服式」とか「宗教画を描く」ぐらいの尊さ、崇高さを感じさせられました。

 

 


↑三木監督ワールドの透明感と、福士くん小松菜ちゃんの美しさが極まれ過ぎていて
ただただ魂が浄化された俗物のわたし。

ひたすらボーイミーツガールな恋愛作品って久々に観たかもなぁ。
脇をかためるキャスト(東出昌大山田裕貴など)の存在ももちろんありきなんだけど
この作品に関してはタカトシ視点エミ視点での世界そのものが主人公って感じ
ファンタジーな設定と展開に観ている人がどれだけ入り込んでどこまで想像力を働かせるかを楽しませるための
一切無駄のない作りになっていたのが素晴らしかったと思います。
わたしはまーーーとにかく叙述トリック大好きマンなのでこういう系が観たかったんだ!
こちらのブログが設定を理解するのにわかりやすいので参考までにぜひ。

最後に。ゴッホを代表する絵画の「ひまわり」は、ゴッホがまだ未来への希望を持っていた頃に描いた作品といわれています。

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高寿。彼のもとに、辿り着いた。

 

 

 

 

 

 

推しが光になってしまったら

トピック「松野莉奈」について

 

エビ中・松野莉奈さん、18歳で急死 7日のコンサートを体調不良で休む - 芸能社会 - SANSPO.COM(サンスポ)

 

あまりにも突然の訃報に言葉が出ない。

第一線で活躍する現役アイドル、それも18歳という若さ。 

エビ中を知らずとも、女性アイドルを応援している人間としてはショッキングすぎる文面に
ただただ、苦しいと思った。
引退や卒業とは全く違う、きっと実感すら容易ではない事態。 
 
 
スポットライトまでも通り越して
推しが本当の光になってしまったら。 
どうかその姿を曇天が隠すことのないように。
空を見上げたとき、虹色の照明が輝いていますように。
曇りのない想いたちがせめて、まっすぐ伸びて空まで届きますように。 
 
 
 
一アイドルファンより 心から松野莉奈さんのご冥福をお祈りしています。

「彼らが本気で編むときは、」の予告編に戸惑うわたしの話。

kareamu.com

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この映画の予告編が、ずっと頭からはなれません。

 

俳優の生田斗真くんをゆるく応援しています。

べらぼうに顔がタイプなのはそれはそれとして

あのJ事務所からアイドルでも歌手でもなく俳優という肩書でやってくだけあって

恵まれた仕事環境にあまんじることなく芝居を生業として活躍してる。

また、真摯に演技というフィールドに向き合う姿勢がすごく好きだ。

 

昨年、彼がトランスジェンダーの役に挑戦することをネットニュースで知った。

相手役には桐谷健太くん。

かもめ食堂」や「めがね」荻上直子監督がメガホンをとるならば

デリケートな人間模様もきっと愛に満ちたあたたかなタッチで描かれるんだろうと期待した。

 

その後、友人に勧められ「リリーのすべて」を観た。

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エディ・レッドメインのリリー役はそらもう文句なしの女性っぷりでしてね。

女性の人格として目覚めていくリリーを支え、夫であるアイナーに対して

心の奥底では【私は夫に戻ってきてほしい】と懇願しながらも

それでも【生きて欲しい】と普遍的な愛を貫く

献身的なパートナーのゲルダにも涙がとまりませんでした。

生きて欲しいっていうのはきっと、当時まだ先進的であった

性転換手術への抵抗でもあるし、同時に”自分らしく”あってほしいという相反する願いからの言葉なんだろうな。

 

わたしは身近にトランスジェンダーの女性がいる。

MtFというやつでわかりやすくいえばリンコさん(生田君の役)と同じケース。

出会ったころは男友達として仲良くなった。

もとからフェミニンな物腰と風貌の人だなとは思っていたし

打ち解けてからまもなく男性が恋愛対象であることも知らされていた。

いつ目覚めたとか今恋をしているとか

通い慣れたスターバックスでこれでもかと私の知りえない価値観を注ぎ込まれた日のことはすごく覚えている。

彼女の見聞きするすべてが私の出会ったことのないセカイであることが、興味の対象であったことは否定しない。

でもそれ以上に友人関係を続けていたのは人柄に惹かれていたからだ。

彼女はどうでもいいことには必要以上に繊細で、友人関係を築くうえで重要なことには必要以上にドライだ。

平たく言うとめんどくさい。

あるとき、そんな彼女が学校を休みがちになった。

学費のために朝夜働いてることは知っていたので疲れてるのかな、とさして気にしていなかったが

どうやら思い詰めているらしいと聞いた。たぶん理由を聞いても解決できないし

手動botぐらいの頻度で安否確認するくらいのことしかできなかった。

ほどなくして彼女がカミングアウトをした。今まで偽ってきたということ、

性自認が女性であること。このクラスで打ち明けられる覚悟を決めたこと。

自分らしく生活をしていくことを理解できなくとも許容してほしいということ。

 

もちろんすんなりとみんなが受け入れられたわけじゃない。

拒絶を示す人もいた。気を遣うようになり明らかにクラスの空気が変わった。

なんら、悪いことではないと思った。

目の前にKABA.ちゃんはるな愛さんが現れたら好奇の目は向けられども

全員が臆すことなく「どんだけ~」と絡んでいける精神構造だったらどれほど愉快だろう。どれほど軽薄だろう。

そう、脳みそを携えた人間だから悩むのだ。

マイノリティ側の人と向き合うことは、自分の価値観と向き合う事でもある。

結果的には、折に触れて私たちの目に見えないところで辛い思いこそしたかもしれないが

腫れ者扱いされることもなく、毎日服装や身なりに変化をもたらしては少しずつ前向きに生きていた。

女性優位のクラスだったのでクラスメイトらによる日々のメイク指南にも熱が入る。

そののち、彼女が卒業制作においてヘアメイクを担当する成長っぷりを遂げることになる。

足のサイズがでかいというだけの理由で私に26センチのパンプスが買える靴屋をきいてきたのは割と苦笑した。H&M行けや。

男子はどうだったかなぁ、距離感は表面上変わらなかった印象だけど後期は自然と女子側にカウントするようになってたから

以降、お調子者のオネェいじりが冷ややかな空気になったのが彼らしい空回りっぷりで面白かったかも。

そんな感じで学校を卒業をして、社会人になり会わない間にも彼女はどんどん進化していった。


1年ぶりくらいに会った時は、細い体にささやかな丸みがあった。
カラオケ屋で文字通り「乳繰り合う」図を演じた。
自分にもあるものになぜだか興味津々で群がってしまう完全にバグった光景はなかなか体験できなくて楽しいものだった。

(余談だが予告編にも、リンコさんの乳房を揉むともちゃんの描写があった)
彼女が横道それず歩む道は、いつだって私に新鮮さを味見させてくれる。

そして昨年の冬に再会した彼女は戸籍が変わっていた。
名実ともに、やっと女性となって私の前に現れてくれた。
ゲルダほどではないけれども性より何よりまず生きていてくれたことに安堵があふれた。
どんな心の苦しみも体の痛みも、危ない橋を渡れないし渡らないだろう私には想像がつかない。
だからただ元気でいてくれてよかった。

変化というよりは甚だ、変態という方が自分的にしっくりくる感じかもしれない。

尊敬するマツコ・デラックスさんの言葉ですが
【「気持ち悪い」ことに人間は惹かれるのよ。「引っかかり」も「釈然としない」も「気持ち悪い」もアタシの場合褒め言葉なのよ。
 「気持ち悪さ」は、自分の中の葛藤とか慟哭をそのまま表現した時に見えてくる。】

大きな意味では世にいう変態と言われる人々もそうなのかもしれない。
創作活動をしている人、何かになろうとあがいている人、標準的なものから変異しようとする過程の人。
それらは気持ち悪さをもをもたらすのかもしれないけど、同時に人を惹きつけてやまない破壊衝動じみた力も秘めている。
現に友人とはいえ私も人間なんで会うたびに見た目が変わっていく姿には戸惑っていた。
認めたくないけれど、思うことは止められない。
だって私は出会ったころをちゃんと覚えている。
 
思えば、どこかで私は自分の知ってる姿を基点として
変化の過程にある姿が3にも4にも見えてしまっていたのかもしれない。
だけど、彼女はいつだって1で変わらなかった。
そのことを今後を語ってくれた彼女を見てやっと理解できた。
自分の中で3にも4にも剥離してしまった彼女がやっと、出会ったころの姿と一致した。

彼女は今年、晴れて憧れだった新たな職種に挑戦する。

ちょうどブティックに勤めることとなったリリーのように女性の世界で戦うことになる。

 「マイナスからのスタートだからさ」

「これからがスタート地点」と、武者震いのように笑っていた。

 

というのがわたしの知る彼女の世界のお話です。
話がだいぶそれてしまいましたが、生田くん演じるリンコさんやそれをとりまく人々を観て私がどんな感情を抱くのか。
愛おしさや苦しさを感じるとしても映画を映画として楽しめるのかどうか。
戸惑いはあらわしきれませんが、公開したあとの自分を知るのが少し楽しみでもあります。