阿久津愼太郎×WORDS

他の人と何かが違う、という疎外感
気づいたら芽生えていた背徳感
どれも
あくつのコンプレックスだけれど
どれも
武器になっています、きっと

きっと、阿久津という人のベースとなっている概念。何度も繰り返し出てくる。

 

私がD2、D-BOYSという組織を知ってからそれほど長くはない期間。

その中でもすでに何名もの俳優たちが表舞台を去りました。

 

昔から彼らを応援してきた人には申し訳ないですが私自身、今不思議でたまらない境遇にいて。

可愛い女の子のアイドルと、むさ苦しい野郎のバンドマンを応援していた日々に

いつしか若手俳優と呼ばれる人々を応援することになるなんて夢にも思わず。

「若手俳優」という第3のカテゴリ開拓に際して思いがけない角度から変化球を投じてきた存在であり

開かずにはいられない玄関口を与えてくれた人が”阿久津愼太郎”でした。

 

 

もともと推しのアイドルやブログが面白いなと感じる人の記事を趣味として読んでいたのもあり

彼の卒業・引退の一報を聞いてから少しずつでも、全部ではありませんが、

板の上から阿久津が消えてしまう前にネットの片隅にでもいいから

私の心を動かした言葉を残しておきたいなと思い、記事を書きました。

 

修正テープを初めて使い切った
これは
たくさんの言葉を消してきたコトになる
だが、しかし
『ちゃんと相手に伝えたい』
とゆう気持ちが、誤った言葉や
誤解をうむ言葉を修正テープで消させたワケだ
なーんだ
ボクも、相手に伝えようと
必死に頑張れてるじゃん
修正テープに
気づかされました。

 

なんか変な子だねー
向いてないんじゃない?
ちょっとおかしいよね?
他の子と同じコトできないの?
そうゆうコンセプトじゃないんだよねー
そんなんで、社会でどう生きて行くの?

そんなボクの性格や発言が
『良い』って評価して頂けるのは
ある意味特殊な
この仕事をしているからだと思うんです
それが
いわゆる『キャラ』となるから
だから
ボク、このお仕事をしていないとダメなんですよ、きっと

皆さんのいない阿久津の世界に
あくつの笑顔は無かったと思いますよ

 

1人でいれば、孤独感
2人でいれば、劣等感
3人でいれば、疎外感 

 

阿久津は人一倍、他者の言葉に敏感で何度となく傷ついてきた人なのかなって。

勝手にそんなふうに思うのは、自分もそうだからです。

だからこそ借り物ではない自分の言葉を発信することにこだわっている。そう思います。

 

ヲタ活のあとって
幸せな気持ちが何日か保たれるから
ほんと平穏な日々がおくれるよね

 

手紙とかも
読ませていただきましたが
『私的なことをかいてすみません』とか
『私事ですので、読み飛ばしても結構です』とか

私的なことも私事でも
大歓迎ですよ
伝えたいことを
伝えたい様に書けばいいと思う
そもそも
みんなはあくつのこと知ってるくせに
それってフェアじゃない。笑
だから
卑下する必要はない

 

自分もオタクを公言する阿久津だからこそ考えるファンとの距離。

私はよほどのことがない限り推しへのリプもコメも書かない人種(手紙は書きます)なので

三津谷さんあたりにも共通して言えるんですけど

手紙やブロコメの内容についてかなり触れてくる文面を読むと

読んでくれてるんだなって思う半面

なんというか、こう冷静にこちらの「迷惑じゃないかな」というモチベーションを

推しはかられると赤ペン先生かな?って気持ちにはなります

 

 

ドラマや映画や舞台は
千秋楽を終えることに皆が一生懸命になる
バラエティは
終わらないことを目指して
一生懸命に頑張る
不思議な世界。

 

あくつがケータイ無くした時に
なくした!ってそこそこ騒いだのに
そんなに、みんな探してくれなくて
『そのうち出てくるっしょ』的な視線ね(笑)
でも、1人だけ
めっちゃガチに探してくれて
すっごく嬉しくて(///∀///)

そこでお母さんが
『しんも、人の無くしものを
ちゃんと親身になって探せる人になりなさいね』
って、言われた!

 

家族を大事にしていて、栃木の実家を離れて一人暮らしを始めても

両親や家族の話をユーモラスに綴っていたのが印象的でした。

上品な筆文字で阿久津に愛情のこもったお手紙を書くお母様の教えや

「夏はカキ氷屋、冬は安納芋料理屋」を営む阿久津に負けず劣らず破天荒なお父様の生き方も

随所に影響が感じられるのも面白かったです。

 

 

D-BOYS治外法権とか言ってたのに
実際、普通の18歳の挨拶だったわ、あれ
くそつまんねぇ

自分の畑じゃないイベントとか番組で
ガンガンいくのって凄く大変で、いつも反省しまくって
ももちさんすげえな
とか、いつも思ってて(笑)

ボクは視力0.1もないから
ボクが見れる『周り』なんて
たかがしれてるんだよね

 

突然我が軍の嗣永プロについて触れてくる阿久津選手。ありがとう。

空気読まないと揶揄されるアイドルもちゃんとタレントに刺激を与えているんだって素直に嬉しく思います。

実際はものすごく考えて動いてるんですよね、どの人も。

 

みんなで、たぐり寄せたはずなんだ、この出会いを

 

ボクの商品としての最大の欠陥点は
『同世代の男の子との差異が大きすぎるコト』

1番好きだなんて言わなくてもいい
こーゆー役者もいるってことを
忘れないで欲しい
そして、どうか
つみとらないで欲しいです 

 

消費される『物』じゃなくて
生産する『者』になりたいの。
これだけは変わらない
どうか、ボクを消費しないで欲しい
あくつを使って何ができるか
じゃなくて
あくつといっしょに何を作るか

 

TRUMPの特典に入っているカテコ挨拶は青臭いけれど 

ものすごくリアルに裏打ちされた一言一言だと思うので

ああいう形で残してくれてありがてぇな。

 

ボクから
離れていく人が
最後にみたボクは
『一生懸命なボク』がいい
だから、いつだって
手を抜くことは出来ないし
イベントで空気になるのは嫌

 

なんで、愛が自分に向かわないのだと
愛が憎しみに変わることもあるんだもんね
あんなに純粋で綺麗なモノだからこそ

ゆがんだ形は、醜悪で、気持ち悪くて
目を閉じても、その酷さが分かるような感じ
その愛に背を向けて走り去るのも嫌なの
背をむけるのが嫌なの、見張っとかないと怖いの
ちゃんと、みていたいの、見たくもないんだけど、みてなきゃいけないの

 

皆に何を恩返しできてたんだろ
って考えるとさ
それは
『仕事を楽しくやってる姿を見せる』コトでした
学校を休みたくなるときも
フラフラしたときもあったけど
それでも、笑顔でいることで
あ、仕事って楽しいんだろうなぁ!
って思ってもらえるように頑張ってたつもりです(笑)
ツラそうに学校に通ってたら
将来に希望なんていだけないもんね(笑)
それでかは、分からないけど
うちのクラスはメディア関係に行く子も多くて
自分も頑張ったかいあったなぁー
って勝手に思ってる、勝手に(笑)

 

高校卒業直前の阿久津ブログは日常生活が前のめり主張しまくっていて

14、15の女の子のブログを読んでると不意打ちで「給食おかわりしちゃいまりあ」みたいな若さがボディをエグってくるんですけど

ほうきで空を飛んではしゃぐあくつややたらクオリティの高い文化祭の出し物など

事細かに書いてるアイドル性の高さが楽しそうで何よりでしたよ。

 

 終わりに向かってBダッシュ!!!!

『終わりに向かって全速力』
あくつの好きな言葉のひとつでもあります
『終わり』を自覚しながらも、全速力でかけていく姿は
ほんの少しの儚さと、瞬間的にでる眩しい輝きとが詰まっているのです、、、

 

有限の美を愛でる人種には痛い言葉です。

いつでも永遠を願ってるんですけど、同時に終わりが見えてくると

憑き物が落ちたように眩しく、輝く少女たちを何人と見てきたのです。

 

だからこそあくつに聞いてみたい。

俳優あくつの終わりは、あくつが満足のいく姿だったかどうか。

 

 

これから何度も打ち合わせを繰り返すような大きな『モノ』だけど
皆さんの元に届くのは、まだまだ先なのです(笑)
大きくなればなるほど
皆さんに届くのは先になる

 

なんと、このたび
甘いものと決別することにいたしました!


どんなにストレス抱えてても人に言えなかったり
自分では、まだまだ大丈夫大丈夫!がんばります!がんばれます!って奮い立たせることが多かったり

時には
自分の『疲れ』に嘘をつくこともあった

でも、そんな無理とは裏腹に
肌は物凄く正直で、如実で、露骨で

そんな素直な肌も好きだったんだけれど
若さの象徴でもある肌荒れも
嫌いじゃなかったんだけど

でも、なんか
決別したくなった、秋のはじまり

 

これからも爪痕を残せるように
ちゃんとお手入れしよーっと(笑)

荒井さんに
『あくつwwww透明のやつ塗りだすとか、いよいよじゃねーかwwww』
って言われたんごwwww

 

マニキュアを塗った日。相方公認でいよいよなあくつさん。

 

帰り道
不甲斐ない自分が歩く姿を見ました
背中を叩いてあげれば良かったのか
分からなくて

まったく困らせるんじゃないよ
と、思いました
背中叩いてくればよかったかな?
精進します

 

 まだ、あくつにサインがなかった頃
上鶴さんのお家で一緒に考えてもらってて
明日必要になるから、って言われてたんだけど
なんか頭回らなくて
『明日、朝起きたら良い案が天から降りてくると思うので今日はとりあえず寝ます』
っていう、なんの根拠もないコトを言い出したら

上鶴さんに
『明日の仕事を与えてもらえてるなら、明日がもらえてる内に、いま必死にできるコトは、やるんだよ』
って言われたのが
あくつの中で、今でも残っています

明日が必ず来るわけではない
この世界で生き抜いていく難しさに
当時のボクは少し触れた気がします

たくさん去っていく人も見てきた上鶴さんだからこそ出た言葉だと思うし
たまに、思い出しては
自分の身を引き締めてます

あの時
上鶴さんが、ボクの『明日』を応援してくれたように
ボクも
上鶴さんがこれから見ていく『明日』を
精一杯応援して行きたいと思います

 

時間は、たくさん流れたはずなのに
あくつが発言する言葉すべてを『俺の知らない世界』って言って
あくつの話をずっと聞いてくれるまーくん

 

本人が一番わかってるように、阿久津はエゴの人でもあるので

才能の世界に生きるすべを持たなくて

理解されずに淘汰されてしまう人もいる中で

彼の青臭い主張を流さずに聞いて、時には道を正してくれる人に恵まれた環境で仕事をできていたのが必然であり、素晴らしいことに感じます。

 

三津谷さんみたいな人が幸せになれないなら
この世の中は間違ってるよ

これに対する三津谷さんのアンサー。コンビ愛がとまらない。

 あくにゃんは前に「みっちゃんみたいな人が幸せになれる世の中じゃないとおかしい!」って言ってくれたけど…

俺は仲間や応援してくれる皆さんのおかげもあって、たげ幸せな毎日を送らせてもらってます☆

 

ameblo.jp

 

けんきさんって僕が何やっても
いいよぉー!面白いよぉー!とか
すげぇじゃん!とか
凄いたくさん褒めてくれて、本当に嬉しかった!

離れるって書いたけど
きっと離れないと思うし、これからも近くで見ていて欲しいし
たとえ遠くなったとしても、近くに感じられるくらい
僕も活躍してやる!と改めて思った

 

卒業を受けての推しさんの言葉もすごくじんわりと胸に刺さりました。

たぶんお互いがお互いに対して羨望や苦手意識を持った似て異なる関係で

だからこそ面白さを認め合えて、二人が同じグループだったから

開けた世界があったんじゃないかなと邪推してます。

阿久津に、宮本武蔵(完全版)を観てほしかった。

 

 阿久津がオーディションでグランプリを受賞したとき、自分は会場でチケットをもぎってました。

 

生きてる一人一人が
孤独だと感じるのは
人生の中でそれぞれの選択と決断をしているからだと思います。

全く同じ、環境、社会、感性、はないわけで

一人の人間として
阿久津愼太郎という人間を応援していきたいと思います。

ameblo.jp

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当時、米の研ぎ方を知らなかった彼に
米研ぎを教えたのは僕でした
 
またお腹が減ったり
淋しくなったり会いたくなったら
いつでも来てほしい
料理はするから米を横で研いでね

 

「米を研ぐ」ってすごく良い。

お米が目の前にたくさんあっても研ぎ方を教わらないと食べられないみたいに

生きるために知らないことを学ぶ大切さを、阿久津はちゃんと知っているからこそ

迷いなく新たな道へ進むことが出来るんだと思います。

 

 

アイドルって
遠い存在なのに、やけに近くに感じられる時があったり
近い存在に見えて、やっぱり自分から追っていかないと、どんどん遠くに行っちゃったり
距離感をおかしく設定してくる
唯一の独特な人間関係なんだよね

だからこそ
この距離感だからこそ抱ける感情がたくさんあるんだよね

 

かわいいはつくれる

けど、すぐ死ぬ

 

 

阿久津はアイドルにあこがれてやまない旨をたびたび口にしていましたが

少なくとも私が見送ってきたアイドルたちは刹那的な虚像にすぎない面もあって。

現場にいない私とステージ上の姿をつなぐ唯一の媒体がブログや映像の言葉でした。

卒業を機に言葉が途絶えてしまうと、存在さえもいなくなってしまったように錯覚する。

発表から少しずつ発信される言葉が減っていって、阿久津愼太郎が表現する世界が見られなくなったのは今でも単純に寂しいです。

完璧じゃなくて不器用で、たくさんの仮面を持っていて、足りない部分を周りからのたくさんの「LOVE」で補っていた彼はアイドルに近しい人だった。

いつか、あくつの見てきた空白の時間さえも 阿久津愼太郎個人として形にして伝えてくれる日を気長に待ちながら生きています。