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「彼らが本気で編むときは、」の予告編に戸惑うわたしの話。

kareamu.com

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この映画の予告編が、ずっと頭からはなれません。

 

俳優の生田斗真くんをゆるく応援しています。

べらぼうに顔がタイプなのはそれはそれとして

あのJ事務所からアイドルでも歌手でもなく俳優という肩書でやってくだけあって

恵まれた仕事環境にあまんじることなく芝居を生業として活躍してる。

また、真摯に演技というフィールドに向き合う姿勢がすごく好きだ。

 

昨年、彼がトランスジェンダーの役に挑戦することをネットニュースで知った。

相手役には桐谷健太くん。

かもめ食堂」や「めがね」荻上直子監督がメガホンをとるならば

デリケートな人間模様もきっと愛に満ちたあたたかなタッチで描かれるんだろうと期待した。

 

その後、友人に勧められ「リリーのすべて」を観た。

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エディ・レッドメインのリリー役はそらもう文句なしの女性っぷりでしてね。

女性の人格として目覚めていくリリーを支え、夫であるアイナーに対して

心の奥底では【私は夫に戻ってきてほしい】と懇願しながらも

それでも【生きて欲しい】と普遍的な愛を貫く

献身的なパートナーのゲルダにも涙がとまりませんでした。

生きて欲しいっていうのはきっと、当時まだ先進的であった

性転換手術への抵抗でもあるし、同時に”自分らしく”あってほしいという相反する願いからの言葉なんだろうな。

 

わたしは身近にトランスジェンダーの女性がいる。

MtFというやつでわかりやすくいえばリンコさん(生田君の役)と同じケース。

出会ったころは男友達として仲良くなった。

もとからフェミニンな物腰と風貌の人だなとは思っていたし

打ち解けてからまもなく男性が恋愛対象であることも知らされていた。

いつ目覚めたとか今恋をしているとか

通い慣れたスターバックスでこれでもかと私の知りえない価値観を注ぎ込まれた日のことはすごく覚えている。

彼女の見聞きするすべてが私の出会ったことのないセカイであることが、興味の対象であったことは否定しない。

でもそれ以上に友人関係を続けていたのは人柄に惹かれていたからだ。

彼女はどうでもいいことには必要以上に繊細で、友人関係を築くうえで重要なことには必要以上にドライだ。

平たく言うとめんどくさい。

あるとき、そんな彼女が学校を休みがちになった。

学費のために朝夜働いてることは知っていたので疲れてるのかな、とさして気にしていなかったが

どうやら思い詰めているらしいと聞いた。たぶん理由を聞いても解決できないし

手動botぐらいの頻度で安否確認するくらいのことしかできなかった。

ほどなくして彼女がカミングアウトをした。今まで偽ってきたということ、

性自認が女性であること。このクラスで打ち明けられる覚悟を決めたこと。

自分らしく生活をしていくことを理解できなくとも許容してほしいということ。

 

もちろんすんなりとみんなが受け入れられたわけじゃない。

拒絶を示す人もいた。気を遣うようになり明らかにクラスの空気が変わった。

なんら、悪いことではないと思った。

目の前にKABA.ちゃんはるな愛さんが現れたら好奇の目は向けられども

全員が臆すことなく「どんだけ~」と絡んでいける精神構造だったらどれほど愉快だろう。どれほど軽薄だろう。

そう、脳みそを携えた人間だから悩むのだ。

マイノリティ側の人と向き合うことは、自分の価値観と向き合う事でもある。

結果的には、折に触れて私たちの目に見えないところで辛い思いこそしたかもしれないが

腫れ者扱いされることもなく、毎日服装や身なりに変化をもたらしては少しずつ前向きに生きていた。

女性優位のクラスだったのでクラスメイトらによる日々のメイク指南にも熱が入る。

そののち、彼女が卒業制作においてヘアメイクを担当する成長っぷりを遂げることになる。

足のサイズがでかいというだけの理由で私に26センチのパンプスが買える靴屋をきいてきたのは割と苦笑した。H&M行けや。

男子はどうだったかなぁ、距離感は表面上変わらなかった印象だけど後期は自然と女子側にカウントするようになってたから

以降、お調子者のオネェいじりが冷ややかな空気になったのが彼らしい空回りっぷりで面白かったかも。

そんな感じで学校を卒業をして、社会人になり会わない間にも彼女はどんどん進化していった。


1年ぶりくらいに会った時は、細い体にささやかな丸みがあった。
カラオケ屋で文字通り「乳繰り合う」図を演じた。
自分にもあるものになぜだか興味津々で群がってしまう完全にバグった光景はなかなか体験できなくて楽しいものだった。

(余談だが予告編にも、リンコさんの乳房を揉むともちゃんの描写があった)
彼女が横道それず歩む道は、いつだって私に新鮮さを味見させてくれる。

そして昨年の冬に再会した彼女は戸籍が変わっていた。
名実ともに、やっと女性となって私の前に現れてくれた。
ゲルダほどではないけれども性より何よりまず生きていてくれたことに安堵があふれた。
どんな心の苦しみも体の痛みも、危ない橋を渡れないし渡らないだろう私には想像がつかない。
だからただ元気でいてくれてよかった。

変化というよりは甚だ、変態という方が自分的にしっくりくる感じかもしれない。

尊敬するマツコ・デラックスさんの言葉ですが
【「気持ち悪い」ことに人間は惹かれるのよ。「引っかかり」も「釈然としない」も「気持ち悪い」もアタシの場合褒め言葉なのよ。
 「気持ち悪さ」は、自分の中の葛藤とか慟哭をそのまま表現した時に見えてくる。】

大きな意味では世にいう変態と言われる人々もそうなのかもしれない。
創作活動をしている人、何かになろうとあがいている人、標準的なものから変異しようとする過程の人。
それらは気持ち悪さをもをもたらすのかもしれないけど、同時に人を惹きつけてやまない破壊衝動じみた力も秘めている。
現に友人とはいえ私も人間なんで会うたびに見た目が変わっていく姿には戸惑っていた。
認めたくないけれど、思うことは止められない。
だって私は出会ったころをちゃんと覚えている。
 
思えば、どこかで私は自分の知ってる姿を基点として
変化の過程にある姿が3にも4にも見えてしまっていたのかもしれない。
だけど、彼女はいつだって1で変わらなかった。
そのことを今後を語ってくれた彼女を見てやっと理解できた。
自分の中で3にも4にも剥離してしまった彼女がやっと、出会ったころの姿と一致した。

彼女は今年、晴れて憧れだった新たな職種に挑戦する。

ちょうどブティックに勤めることとなったリリーのように女性の世界で戦うことになる。

 「マイナスからのスタートだからさ」

「これからがスタート地点」と、武者震いのように笑っていた。

 

というのがわたしの知る彼女の世界のお話です。
話がだいぶそれてしまいましたが、生田くん演じるリンコさんやそれをとりまく人々を観て私がどんな感情を抱くのか。
愛おしさや苦しさを感じるとしても映画を映画として楽しめるのかどうか。
戸惑いはあらわしきれませんが、公開したあとの自分を知るのが少し楽しみでもあります。