33番書き取り帳が出ていません

会いたい気持ちが世界の中心

【舞台】劇団壱劇屋「五彩の神楽 心踏音~Shintouon~」

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これは“男”の物語

生まれたときから
男の世界に光はなかった

耳は目になり
少し世界が明るくなった

生まれたときから
女の世界に音はなかった

足音は声になり
少し世界が輝いていった

二人は出会う
世界は眩しく色付いていく

闇は音もなく近づいてくる

これは“男女”の物語
光を奪われた男は復讐の修羅となる

 

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荒人神の終演後辛抱たまらず、観劇三昧さんに課金をしました。大正義。

 

何もかもが刹那的なお話だったなあと感じた。

世界は色づくのも暗く覆われてしまうのも一瞬だ。

瞬きの間に出会って、失う。

 

色んな人が心踏音について雰囲気が繭期っぽい話*1と表現しておられていたのですが
単純にメリーバッドエンドであるというのもそうだし、孤独による絶望感が悲劇の引き金であるという部分が私はわ〜繭期っぺえ〜!って強く思いました。

あと同じシーンを繰り返して視点が変わる叙述トリックみたいになってる構成も。

 

ノンバーバルという演劇的ハンディキャップを逆手に取ったタップダンスの演出はあーっその手があったか!って。頭に電球ピコーン。

フミという名前は真っ先にタイトルの踏む、という字にかかっているのかなと思ったけれど

心踏という語感の響きが「振動」にも感じられるしまず心を踏み鳴らす音という字面の美しさに震えた。わたしが。

今中美里さんのハミングをするようなステップはまさに「声」でした。ビジュアルの可憐さも相まってきっとこの方がフミを演じるのは必然だったんだろうなって。

ゆえに最後の届かない地団駄がとてつもなく切なかった。あの地団駄を劇場で肌で感じた人はどんな気持ちだったんだろう・・・つら寄りのつらです。

フミの奏でるリズムは不自由さを共有した二人だからこそ、二人だけに共鳴する音。

でも演劇だからこそ当事者ではない私たち(観客)には二人にすら見えていない真実が伝わる・見える・聞こえているという不思議な互換性はとても叙情的だし、セリフがあるお芝居より倍ぐらいの歯がゆさがあるなとも思います。

 

盲人を演じる吉田青弘さん。すごい月並みなことを言うとブラインドの演技が上手すぎる。

他意はないですが差別的な表現になってしまうの承知で、社会的弱者だと一目でわかる。このお話をする上でそこに不自然さがあったらそもそも成り立たなそうだからつとめて重要なことだと思うし。

目にめちゃめちゃ空虚さっていうか哀愁がある役者さんだなあって荒人神のときに思ってたので、心優しき弱者である盲人さんが失うものがなにもない強さを手にいれて修羅になるのがもう・・・悲しい以外の感情は死んだ。どうでもいいけど盲目の剣士って超かっこいいです。

 

精神と時の部屋って例えめっちゃクるわ~。わかりやすい。わたし悟空じゃないから知らんけど。

ものすごく個人的な話をすると、吉田さんがお会いしたパラ水泳金メダリストの方が河合純一先生 だったとしたら卒倒します。

河合先生が教員だったのは有名な話なので大丈夫だと思って書きますけど…まあ割とゴリゴリに面識がある。これもご縁なのでいつか吉田さんの舞台で機会があったら聞いてみたいですね。

 

なんかね、あくまでもわたしの考えで、さみしい気持ちとか心の孤独って一度満たされてしまったらからっぽの状態は取り戻せないというか

どれだけ別の存在で満たそうとしても使い捨てのニッチでしかないって思うんです。

心のすきまを埋めるんじゃなくてすきまがある状態に少しずつ慣れていきながら生きていくのが強さなんじゃないかなって。それが出来ないから難しい。

孤独という概念すらなかった盲人さんの世界に風穴を開けたフミという光を失ったことで
本当の意味での暗闇、ブラインドが産まれてしまったのかなって。想像しました。

だから岳人さんが優しさゆえに起こした行動も救いといえば救いなんだけど

鈴の音がフミの奏でる足音の代わりにならなかったみたいに、まあ身も蓋もない言い方しちゃうと間に合わせでしかなかったというか

結果的に死によってしか救われなかったってことの証明になっちゃったのかもしれないですしね。

岳人を演じた坂口修一さん。まだまだ関西演劇界隈に疎いのでお顔であんまピンとこなくてなんか見たことあるかもこのイケおじさま…ってなっててお名前見てあっequalの人か!って。

敵?!味方?!どっち〜!??って終盤まで撹乱させられる怪演でした。  

初孫感がすごい(やめなさい)(失言)

 

わたしは荒人神を観た後で心踏音を観ているので、盲人さんが杖で剣の稽古(へたくそ)をするのをフミちゃんが側で見ているシーンも、元と荒と白みたいだ…と重ねて見てしまう。 

俺たちの竹村さんが演ずる笑人さんもあらびとで上田あやみさん(今年からひらがな表記になったんですね!)が演じたずっと笑ってる盲目の少女にリンクする…うぅ。

 

吉田さんが終演後につぶやいていた「心踏音は荒人神によって救われる」の意味が今なら深くわかる。心踏音という物語はこれ以上ないほど完成されているのだけれど、笑人を想起させる荒という存在に再び出会うことで盲人さんは違う色を見ることが出来たのかな。
フミにしか拍手をもらえなかった盲人さんがみんなから祝福の拍手をもらえてるのとか…優しい世界すぎる…ずるい…

言葉がなくても想いが伝わる良さと、伝わらないということが伝わるもどかしさが共存した舞台だなあと、こういう作品は何度でも観たいので

後日観劇三昧本店で現物買っちゃいました。えへ。価値あるものには正規料金を。

個人的には神楽シリーズで一番フラットに人に薦めたくなる作品だったので、今後は繭期拗らせてそうな民を椅子に縛り付けて武力を行使していく所存です。

*1:TRUMPシリーズ