33番書き取り帳が出ていません

会いたい気持ちが世界の中心

阪ドン前に劇団鹿殺し版スーパースターを観た散文

大阪ドンキホーテを観る前にただひたすら自分語り。ネタバレはありまぁす!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

たぶん私自身は大人のピカイチがあんまり好きじゃない。

スーパースターの脚本も菜月チョビさん演出も役者さんの演技も申し分ないくらい楽しくどこか懐かしくてステキな演劇だけど。意固地なピーターパンで多方面に迷惑をかけては踏ん反り返ってる星川輝一をどうやっても好きにはなれない。

それは、私にとって憎たらしくて憎みきれないたった1人の兄を想起させるからだと思う。

だからわたしはきちんと大成してピカイチのケツを豪快に叩ける弟の瞬一が羨ましかった。

スーパースターの星川瞬一しかり、私のバイブルである宇宙兄弟の南波日々人しかり。ああやって胸を張れる妹になりたかった。

現実的にもうちょっといい会社に入ってバリバリ稼いでるか、結婚して安定した家庭を築けてたらよかったんだけど。

側から見れば大差なくても兄よりちょっとだけ賢い高校に受かって兄よりもちょっとだけ社交的なことだけが胸の内に秘めたプライドだったのに、兄が県外の私大に滑り止めで受かったからお前を4大にやる余裕はないとはっきり言われてちっぽけな誇りは崩れた。奨学金も両親のポリシーに反するから受けないのだと。後に生まれたばっかりに。

「長男だから」ですべてをねじ伏せられるバカバカしさは「あいつは星を持って生まれてないから」というよくわからない理屈で父親にボクサーの道を強いられてる状況に似ているなと思った。

そうして気がついたときにはもう兄をおっきい弟として扱ってたから、友達からお兄ちゃんお姉ちゃんにご馳走してもらっただのプレゼントをもらっただのって話を聞くたびに心のどこかで奇声を発した。

わたしは一度もしてもらったことがない。せいぜい料理を作ってくれるくらいだ。

べつにそうしてほしいとかじゃなくて、実家に帰れば父不在だと当たり前みたいに運転を任され財布がわたし持ちになるときマジしょうもね〜ってなる。兄妹としての在り方に疑問しかないっていうかこれはただの愚痴。黙る。

 

ここまでだいたい兄disって感じになってるけど頼り甲斐があるところだってたくさん知ってる。

母のいた病室で立ちあがる気力がなくなり蹲ったわたしの背中をずっと抱えてたのは兄だし、他人からの好意に対してどう返すべきか悩んだわたしに「お前の考えてるそれは完全に偏見だから」と自身の経験を交えながら納得するまで説き伏せてくれたのも兄。やるじゃん(…)

 

わたしは兄がいただいた数少ない依頼の評価も出来栄えもなんなら内容すらもまったく把握してない。

父から忌憚のない感想を聞いてはいたけどまあそれで判断する気にもならないし才能があるかどうかなんて心底どうでもよくてもうこの歳になったら見切りをつけるにしろ今からエンジンをかけるにしろ、ぐずぐずアイドリング状態でいられるのが一番うるせえしガソリン代かかって迷惑なんだわってのが家族としての気持ち。リアルガチ。

そういう煮え切らない兄への苛立ちも瞬一に共感できた。

ブログを書き始めたきっかけも兄に対する意趣返しがひとつ大きい理由としてある。私はお前がしてこなかった「書いたものを世の中という大海に放り投げてみる」が出来るんだぞと。続けていたら趣味として定着してきたので今は人に読んでもらえることが楽しい。

 

ブッチャーが本物のスーパースターたるゆえんは彼が「誰かのようになりたい」と羨んでいるわけではないからだと感じる。

演劇的な誇張で超人的に描かれてはいるけどピカイチの憧れたブッチャーは「ブッチャー、出来るでえ」と己の力を信じる一種の思い込み、自己暗示の才能が秀でているんじゃないかという印象を受けた。

オリンピックとかを見ていても競技でありながら実際表彰台に上れる人たちの闘争心は他の選手だけでなく自分に向かっていることも少なからずないわけではない気がする。

そういう次元で戦える人たちが輝きを放つ陰で、持って生まれた星がどうとか絵空事のように言う人たちが人知れず燻っているのも酷な話だなって。

 

だらだら書き始めたけど終着点がわからなくなった。とりあえず現時点で言えるのはいけすかない野郎だけど

モラトリアムから抜け出せずにいる大人ピカイチを、常にクリエイティブに明確なビジョンを高く掲げて劇団を引っ張っていこうとする三好大貴くんが

理想の存在と自分とのギャップに悶々と悩み続ける少年ピカイチを、ふてぶてしい態度すらもみんなから許容されどこか憎めない愛され最年少育成枠の田中亨くんが演じることがものすごく楽しみ。

 

ラストシーンの描き方はなんとなく山下敦弘監督作品、とりわけ「味園ユニバース」とか「苦役列車」を見終わったときの感覚に似てるなって思った。

物語は破滅的に動いたけど、主人公の生き方も境遇も何かが大きく変わったわけではない。
でもほのかな無常はたしかにある。

 

 

「憧れ」との断絶も、前進も。

どちらを選ぶにしてもその痛みや葛藤は「憧れ」を抱いたことのある人にしかわからないのかもしれないし

とっくに手放したと思っていても「小さい頃の夢はなんだった?」と聞かれてパッと思い浮かぶ姿があるように、キラキラと残り続けてくスターダストなのかもしれない。

 

 

憧れだけじゃ本当は何も見えないなって思うから、
あきらめだけは夢から覚めても言わないよって、それだけさ。

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