33番書き取り帳が出ていません

会いたい気持ちが世界の中心

どうしても「ボクカツ。」で今の劇団Patchを観てほしい

まずはこれを読んでくれ。

「ずっと変わらない」「ずっと同じ」なんて「当たり前」なんて、ないんですよ。本当。

だからこそ「今」なんですよね。
そりゃ「観てほしく」なりますよ。
そりゃ「愛着」湧きますよ。


生みの苦しみが大きかった分。それはもう。
彼らへの愛着がわいちゃったから、それはもう。
まだまだメンバー全員とじっくり話は出来てはないですが、一つの作品に取り組んで一緒に創ったらもうそれはね、じっくり話し込むのとは別の「繋がり」が生まれると私は信じています。
そしてそれを「繋げ続けて」いくかどうかは今後次第なんですけど。
繋がった手は簡単には離しませんよ私は。

ameblo.jp

 

岡部おかあちゃーーー〜〜〜〜ん!!!!!!(爆泣)

取り乱しました。すみません。人生取り乱してるだろ。

(たぶん)平成最後のPatchフルメンバー本公演、大阪公演が無事幕降りしまして。インターバル期間を挟んで東京小屋入りなわけですが今回の脚本・演出を担当してくださった岡部さんの激アチなブログを読んだらぱっちのオタク居ても立っても居られずダッ!!!ダイマブログを書き始めました。初速が大事。

ただまあ、、、Patchメンバーもブログやツイッターでかなり内容に関して濁してる通りでボクカツくん、ネタバレ無しで書くのが鬼ムズです。脚本が巧すぎて、なぁ。台詞ひとつとっても伏線とか意味が含まれすぎか?みたいなアレで何書いてもネタバレになる気しかせんのよ。

けしてお話が小ムズカチ〜!とかではなく…設定も展開もなんてことはない日常会話劇なんです。でも12人の人となりや関係性が複雑に絡まりすぎて何が何やらどれがネタバレかどれを触れたらあかんのかわからんのよもう。とりあえず見ぃ!となる。

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というわけでPatch stage vol.12「ボクのシューカツ。」ダイレクトマーケティング~僕なりの~をしていこうと思います。

以下は公式くんより発信されているものです。なんのかんのと言わずにまず雰囲気を掴みたい方は是非。

 

 

一応あらすじのようなものはあるんだけど脚本固まる前だったのかすげ~フワフワしてて控えめに言って宣伝力は微妙なので己で書きます。

 

舞台はとある校舎の一角。かつてこの中学に通っていた25歳の鞍馬(松井勇歩)は、同窓会の招待状を手に今は使われていない旧用務員室を訪れる。学生時代、用務員室には「おっちゃん」と呼ばれ皆から親しまれている人物がいた。なんとなく知っているやつ、変わってないやつ、全然知らないやつ、おらんはずなのにおるやつが続々と旧用務員室を入っては出てのドタバタ劇が繰り広げられる。やがて時刻は招待状に記された11月17日16時半。懐かしいチャイムの音が鳴り訪れたのは…といったお話です。

本編には時間軸の変動や回想シーンを演じるような場面転換は一切なし。物語はオンタイムで上演時間と同じ90分のただ「今」流れる時間だけを切り取っています。登場人物たちの裏側に垣間見える過去も未来も彼らが紡いでいく必要最低限な言葉の中にしかありません。役名はおそらく意図的に苗字のみになっていて名前にまつわる注目してほしいギミックがあるくらい。ここもかなり解釈の幅が問われる考察ポイントになってますのでそれはぜひ観てのお楽しみ。

関西の劇団で座長を務めていらっしゃる岡部さんも役者も全編関西出身、小気味好いオール関西弁による会話劇は「隙あらば笑いを取れ」と立ち上げに大きく関わりPatchの礎を築いた末満健一さんの教えが根深く感じられる彼らにしか作れないテンポと信頼関係、空気感が織りなす笑いが随所に散りばめられていて旗揚げ以来の現メンバー12人総出演という気概も楽しさも十二分に伝わります。

岡部さんの脚本はもうほんとに私の拙い説明なんかより見ていただく方が何百倍もわかりやすいのですがとにかく余白が多い。そこが楽しくてたまらない。1回目で話の筋を追いながら物語の全貌が見終えてからなるほど!だからあの時…と気づかせる言葉選びのエッセンスすべてが魔法のように伏線なのかと思わせられます。彼らの行動には各々の目的と思惑が入り乱れ舞台上で二手に分かれてストーリーが動いている部分もあって何度でも角度を入れ替えて観たいと!感じるはず。敢えてファジーな言い回しで多重ミスリードダブルミーニングを誘うどうとでも解釈がとれる言葉遊びだったり今どきの若者ことばを取り入れた面白さだったりも20代のメンバーが中心の劇団Patchにマッチしています。

わたしは生まれも育ちも非関西圏なのですがネイティブ関西圏フォロワさんが危惧していた「高速関西弁伝わってるんかな?」っていうメンションの中で

わたし「細かいニュアンスを汲み取れてるかは微妙ですが気になって困るようなところはなかったので…机を「なおす」がナチュラルすぎて誰か机壊したの?あ、戻すって意味か…って一瞬考えたくらいですかね」

フォロワさん「ん?でもそこは本来の修繕の意味であってるんじゃ…?」

「え?」

「え?」

みたいなコントばりの認識齟齬が自然に発生したのおもろかったすね。もうどっちが正解とかわからん。全員正解で全部最高です。

人の琴線に触れる事象って言葉や身体表現にしないとわからないのがとても演劇的だなぁというのを痛感させられる構成になっています。

 

演劇的なおもしろ要素としてはボクカツ。における最重要人物のおっちゃん。

おっちゃんは「ゴドーを待ちながら」でいうところのゴドーだしもっと現代劇らしい形で言えば「桐島、部活やめるってよ」の桐島です。つまり劇中では一切姿を現しません。言うまでもなく物語の中では皆んなが認識しているその存在は伝聞のみで語られます。

観ている側の私たちはその場にいないおっちゃんを12人それぞれのシチュエーションから連想します。それらはおっちゃんに限らずそれぞれの人間性を見る視点にも当てはまります。

人は言葉で出来ている。個性豊かな12人の会話のキャッチボールと時にはデッドボールにも近い応酬を見ているうちに観客それぞれの中にも共感だけでなく自分にはない思想観念、踏み込まれたくない・忘れたい情感などさまざまな思い入れを抱ける子たちが生まれていくと思います。

ゴドー(Godot)は一説には「神(God)の意である」といわれ桐島という存在も監督によると「天皇陛下のような感じ」であると。町山智浩さんによる映画評論によるとこういうことらしいです。

彼自身は何もしてはいけないんですね、憲法上はね、憲政上は。それに近いんですね。桐島っていう人は登場しないし、なにもしないんですけども、中心に存在するんですね。で、この場合何の象徴かというと、高校生活、高校とか青春のみんなの理想とする生き方の象徴として存在する

【復習編】完結!町山智浩さんの『桐島、部活やめるってよ』の解説が素晴らしかったので書き起こしました。 - Ga4oシネマズ

物語中盤それぞれが内に秘めて隠していた情けない現状を吐露したりおっちゃんに懺悔をする場面が出てきます。文字通り神前で自らを悔い改めるのです。きっともう誰にも吐き出せなくてずっと外に出たくて苦しかっただろうあふれる想いたちが実年齢も時代背景もほぼ等身大の彼らによって昇華される姿は胸に迫るものがあります。

胸の痞えがスッとなくなって晴れ晴れと笑う子もいれば人生の宿題としてこれからも向き合い続けるだろう子もいる。少年が青年になる10年という長い巌窟で霧がかっていた心が、夕陽に照らされて穏やかな虹になる情景は現代的でありながらもノスタルジーがあって絶対に観てほしいです。少し踏み込んでメタ構造としての劇団Patchという箱が旧用務員室そのものだと捉えたら…もう…むり…ぱっちって概念がエモ…オタクポエム書きがち。

 

ボクカツ。はもうすっかりお気づきだろうとおり全員が当て書きです。

ここらへんはやっぱりPatchに推しがいて人となりや関係性を熟知してる方なら何倍も楽しめるだろうしわかる運河が大洪水すぎて下流に流されながら岡部さんありがと~~~!!!!!って拝んでるオタク既に続出してるんですけども。やっぱり今のPatchをあまり知らない人が見てこんな子たちがいるんだ~って興味を持って頂けたらその足で18日同劇場で行われる東京では初開催のファンイベントに来ていただけたらなと。まだチケットたぶんあります。ぜひ。

www.west-patch.com

劇団Patchメンバー12人全員出演の作品です。
全員でという形は7年前の旗揚げ以来です。
ぼくは一番長く劇団Patchに関わってます。
一番長く劇団Patchを見てます。

だからこそ言えます。


「今の劇団Patchが最高です。」

(松井勇歩コメントより抜粋)

「ボクのシューカツ。」大阪でスタート、松井勇歩「今の劇団Patchが最高です」 - ステージナタリー

 

わたしね。ずっとモーニング娘。が好きなんです。

グループが20年以上続いてる彼女たちのかっこよさって「最大のライバルはほかのどんなアイドルグループよりも過去のモーニング娘。です。負けていると思ってません」って本気で言ってるとこなんです。いやマジでマジで。めっちゃかっこよくないですか?ヤバイ。惚れた。(n回目)

少しずつ良くなってきた世間からの目が色々あって最近またちょっと風当たり厳しくなってますけど。背負わなくてもいい責任まで重く受け止めて彼女たち頑張ってます。10代20代の若さでとんでもない重責と戦い続けてます。歴史を尊重することと美化することの違いを本質から理解して正々堂々戦ってます。過去に中指立てて未来に喧嘩売って戦ってる軍団はいつだって今が一番かっこいいじゃん。最強で最高で一生勝ち続けるんです、勝ち負けとかじゃないし。戦ってれば負けててもかっこいいです。

ぱっちもそうです。内部の経営体制が大きく変わっただろう事がこちらまで漏れ伝わってくるレベルには「あの頃は」「今は」そんな言葉と彼らは見えない場所で戦ってるかもしれません。浅識で劇団Patchそのものに言及することは控えますけど。

それは応援するこちら側にも言えることなのではないかなと。

新規だ古参だとかね。表立って言われなくともそりゃ色々ありますよね。蔑称としてる人もいればたんなる目安と捉えてる人もいる。便利ワードです。

あのさ!言い訳やけどさ!!私自身初めてぱちすて観たとき関西に住んでなかったし(今も住んでないけど)オタクとしての自我がまだ薄くてまぁ…当時の私にとってのおっちゃんが末満さんみたいなものだったので末満さんが任を離れるとなったら象徴がいなくなるわけでえ~~~~どうしよ…とりあえず置き土産を観てから決めよってなってて。

でもあっ無理無理田中くんめっちゃ推したいってここまでなるのにはあのタイミングしかなかったような気がしてて今でもあ~~~あの頃から推せばよかった~~~みたいな後悔は隔週に一回ペースくらいであっても今ここからの私!!!絶対後悔させね~でやっから任せな!!!ぐらいの気概で推せてる自分のことが割と好きなのでいいのではないかなと。それまでの彼らを推しててくれた皆様にはもちろん頭が上がらんしSexyサンキューです。でも私が今めっちゃ楽しんで推してることだけは負けてない!っていう気持ち。そう。あとは悪戯に今だけ自分だけが楽しければいいって彼らのこれからをつぶすような応援にならないように気をつけたいって感じかな…まぁこれ以上はわたしも物陰からウッカリ刺されたくないしいいや。宗教観の違いです。

とにかく伝わってほしいのはこれからを後悔しないために今!!今の彼らを!!今しかない彼らを観てほしい。あちらさん12人フルで引っ提げて東京乗り込んできますから自分の革命児ぱっちくんが現れるかもしれないたった一回を、後悔させないために!!!もはや自分のため彼らのためだけじゃなくてあの日観にいってよかった~~って思ってくれる人がひとりでもいてくれたらいいなって想いで書いています。彼らのこれからが少しでも動きますように願ってやみません。

Patch stage vol.12『ボクのシューカツ。』劇団Patch Official site

詳細こちら。11月15日~17日まで銀座博品館劇場にて。チケットまだ買えそうです。アフターイベありの日もあります。

 

 

 

※以下はネタバレありなので回避勢は逃げてーーーー!読んでくれてありがとね!!!!

 

自分があとでまとめるためのメモとか。

 

  • 言語を与えられて、言葉によって人格形成・他者の存在を認識したのに言葉によって他意なく裏切られたり、自分を奪われたり否定されたりする三輪や鞍馬を見てると本当に他人事じゃないなって思っちゃう…言語表現って難しいね。
  • 幼馴染が大学の講義で自分の思うアカデミックアートをプレゼンしなさいっていう課題があって、ある生徒が自身のFBを出して「私の歴史、価値観、対人関係のすべてなので私を表現するアートです」っていうプレゼンをしたら、「でもそこに発信されているものや他者からのコメントは少なからず「こう見られたい」言葉で構築されたあなたによる作為的なセルフイメージであってあなた自身を如実に表現したものではないよね?」って議論になったらしくて、大原小原の件はまさにそういう事なんだなって思った。葵だって自己防衛のための嘘が絶対にないとは言い切れない。
  • キリスト教で御大切って言葉はすなわち愛のこと。「ええことないやん」って石橋先生の言葉も見様によってはすごい偏見の塊。葵にとっては100傷つけられても1の愛をもらえたら「ええことあったわ」って大切に出来ちゃうんだよね。

 

は~~~、ボクカツ一生終わらんでくれんか~~~…頼む~~。大阪東京あと8億公演ずつ観たいよね。絶対観たい。でもそういうことじゃないってわかってるから、今を大切にする!楽しも~~!!!!!